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4

恋ちゃんと一緒に、三人でうらら君のお父さんのいる部屋へと向かう。大広間のふすまを開けると、そこには見たことのない人たちが幾人かいてうらら君のお父さんと仲良く笑いながら会談をしていた。
「失礼します」
「おお!うらら坊ちゃん!お久しぶりです、いやあしばらく見ないうちに随分と男前になられたもんだ」
「河合のおじさん、お久しぶりです。お褒めに預かり光栄です。でももう坊ちゃんはやめてくださいよ」
「はっはっは、俺にとっちゃあいつまでもうららさんは大事な坊ちゃんでさあ。おや、そのお隣の方は...」
「俺の将来の伴侶の咲夜です」
「は、初めまして!四谷咲夜と申します」
不意に紹介されて慌てて頭を下げる。河合のおじさん、つまり恋ちゃんのお父さんはそんな僕を見てからからと豪快に笑った。
「いやあ、なんともう伴侶を見つけられると流石ですな!うらら坊ちゃんにはうちのじゃじゃ馬を貰ってもらおうと思ってたんですが当てが外れたなあ」
「パパッ!じゃじゃ馬って何よ!それにうららなんか死んでもごめんよ!」
恋ちゃんがむくれてぷいとそっぽを向くと、フラれたなうららなんてうららくんのお父さんが言って、その場が笑いに包まれた。和やかなはずのその中で、僕は背中にヒヤリとしたものを感じた。何気なしに視線を向けた先にいたのは、先程の恋ちゃんの護衛と紹介された山下さんで、彼だけは僕を物凄い敵意の篭った目で見つめていた。
「咲夜?」
どうしたの、と僕の空気を敏感に感じ取ったうらら君が優しく声をかけてくれる。僕はうらら君を見つめてから、なんでもないよと笑った。
そのまま皆で食事をすることになっていて、組の人たちが慌ただしく別の広間に食事の準備をしだした。組の食事はうらら君のお母さんが料理が趣味なこともあって、大事な組の人間には自分で作りたいからとどんな時でも皆の分を作る。さすがに野菜の皮むきとか食材を切ったりとかは組の下の人たちがお手伝いするんだけど、お母さんのことが大好きな僕はお母さんのようになりたくてできる限り食事の準備を手伝う様にしてるんだ。今日もいつものように僕も手伝おうとうらら君と恋ちゃんに断りを入れて席を立つ。
「おい」
広い屋敷の廊下を台所に向かっていると後ろから声をかけられた。振り向くとそこにいたのは恋ちゃんの護衛の山下さんで、恋ちゃんもいるのかと周りを見たけれどどうやらひとりで僕を追いかけてきたようだった。
「何か用ですか…?」
そう声をかけながら、僕はまた背中に悪寒を感じた。なぜなら、彼の僕を見る目が僕のよく知る目だったからだ。どくどくと緊張で心臓が早くなる。彼は僕をじろじろと上から下まで見つめて、舌打ちをした。
「俺はな、河合組に入ってからずっとお嬢さんのそばについててお嬢さんからここの天海組の坊ちゃんの事についていつも聞かされてきた。どれだけ優しくて、いい奴で会ってて楽しいかとかをな。さっきおやっさんが言ったように、俺もお嬢さんはうらら坊ちゃんと一緒になるもんだと思ってたんだ。それが…」
僕をにらむ彼の視線を感じながら過呼吸になりそうになるのを必死でこらえる。そのあとに続く言葉なんてわかりきってる。僕がうらら君の伴侶だなんて紹介されたのが気に食わないんだろう。
でも、恋ちゃんを見れば誰だってそう思うから彼の言いたいことはよくわかるしもっともだと思う。誰がどう見たって、うらら君とお似合いなのは恋ちゃんだ。
「あの場ではああ言って笑ってたがな、おやっさんはお嬢さんをうらら坊ちゃんとこに嫁がせてえんだ。…俺の言いたいこと、わかるよな?」
言うだけ言って、彼は僕の返事なんて聞かずにすぐに背中を向けて行ってしまった。途端に、体中から力が抜けてその場にぺたんと座り込む。
まだ心臓がどくどくいってる。あんな目を向けられたのは久しぶりだ。僕がまだ家族に囚われている頃、毎日向けられていたあの視線。久しぶりに向けられたあの嫌悪の込められた目に忘れそうになっていた記憶が蘇る。
今こんなにも幸せなのに、ほんの些細なきっかけで簡単にフラッシュバックして僕を地獄の底へ引きずり落そうとするんだ。
「は…っ、はあ…、はあ…、」
心臓のあたりをぎゅっと掴んで必死に呼吸を整える。父さん、母さん、咲華。閉じた目の裏側に三人の蔑んだ眼が浮かんで、どっと冷や汗が出る。
「…咲夜?」
足元から暗闇が僕を包み込もうと這い上がってくるような錯覚を起こす中、耳に届いた声が鈴の音のように響いて、途端に呼吸が楽になる。振り向くと、一際眩しくて優しい光が僕を照らして、さっきまで僕を飲み込もうとしていた闇が霧散した。
「…うらら君…」
「俺も運んだりするの手伝おうかと思って…なにかあった?」
そばまで来て、そっと僕を引き寄せて頬に触れる。とても暖かいその大好きな手のぬくもりに、冷えていた心が暖められる。
そうだ。僕は、もうあの時の僕じゃないんだ。僕をあの地獄から救ってくれた、何よりも大切な人。
「ううん、大丈夫。ちょっと立ち眩みがしただけ」
「…そう?」
「うん。心配してくれてありがとう」
そう言ってうらら君にぎゅっと抱き着く。うらら君はまるで子供をあやすように僕の背中を優しくトントンと叩いてくれた。

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