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ある日、母親が部屋の前で男にすがり泣きじゃくっているのが聞こえた。
『あんたが一緒になってくれるって言うからあの子を引き取ったのに!
どうして今更私を捨てるだなんていうのよ!
何のためにもう一人もガキなんか連れてきたと思ってんのよ!』
母親の叫ぶ声で、俺は弟は母親が男を引き留めるためだけに連れてきたのだと分かった。
やがてがちゃりと玄関を開けて母親がぼろぼろの姿のままゆらりと部屋の中に入ってきた。
目の焦点が合っていない。
だがその濁った眼は確実に弟を見ていた。
俺はとっさに弟を抱きしめる。
『…あんたの父親は最低よ。
あたしに結婚するからあんたを生んでくれなんて言っといて、生まれたとたん姿をくらまして。
めんどくさいから親に渡したのに。
なのに、またあたしの前に現れて。あたしの気持ちをもてあそんで。
一緒になってくれってお願いしたら、子供を捨てた奴なんかと一緒になれるかって言われたから取り返してきたのに。
なのに、今度は自分の都合で子供を好き勝手にする女なんかごめんだって。』
言ってる意味がわからなかった。
弟は俺の腕の中でがたがたと震えている。
『どうして…?どうしてよ…!
あんたなんか、産まなきゃよかった…!
連れてこなきゃよかった!』
叫ぶなり、手にしたヒールで弟に殴り掛かってきた。
俺は必死に弟を庇った。
耳元で、弟の泣き叫ぶ声が聞こえる。
大丈夫。
絶対に、お前には指一本触れさせない。
ヒールのかかとが俺の皮膚を削り、どれだけ血を流そうとも俺は弟を離さなかった。
『あんたの父親も屑よ!
あんたの父親はね、あたしにあんたを生ませておいてあたしの前でほかの女とのセックスをいつもいつも見せつけた!
だからあたしも仕返ししてやったのよ!
あんたにあたしがほかの男とセックスしてるのを見せつけたのは仕返しよ!
あたしと同じ苦しみを味わえばいいんだ!』
ガツガツと、容赦なく振り下ろされるヒールに、意識が朦朧とする。
お前は。
お前だけは、俺が守るから。
俺は泣きわめく弟を必死に抱きしめた。
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