5
ネクタイを緩め、ベッドにごろりと横になる。
ああ疲れた。
風呂に入ってないけど今から入るの面倒だな。一日ぐらいいいかな。
そんなことを考えていたら段々眠くなってきて瞼を閉じる。
ビーッ、ビーッ!
うとうとと微睡んでいると、幸人様からの呼び出しがかかった。
ああびっくりした。一分以内に行くんだっけ、ハイハイわかりましたよっと。
慌てて目をこすり、軽く服を整えて幸人様の部屋へ向かう。
「失礼します」
ノックをして幸人様の部屋に入ると、真ん中のソファでふんぞり返る幸人様がいた。
「こちらにこい」
言われるまま幸人様のそばに行き、次の指示を待つ。幸人様はじろじろと俺を眺めた後、
「そこに座れ」
と命令した。
幸人様の足元の床に正座をし、じっと見つめる。幸人様もじっと俺を見つめたまま一言も言葉を口にしない。なんだろうか、これは何かのお仕置きなんだろうか?不思議に思いそれからしばらく。ゆっくりと動き出した幸人様が、おもむろに足を振り上げ俺を蹴り飛ばした。
「ぐ…っ」
床に転がる俺を踏みつけ、にやりと笑う。
「ははっ、いいざまだな。
蛙のようにはいつくばって、みじめなものだ。」
しゃがみ込んで俺の前髪を掴み、顔を無理やり上げさせる。
幸人様と目が合う。
まるで猛禽類のような鋭いまなざし。
思わず吸い込まれそうになる。
「貴様ら執事なんてのはな、俺たちの奴隷と同じなんだよ。
悔しいか?悔しかったらやり返してみろよ。俺が許可してやるぜ。
はっ、できねえよなあ?貴様ら執事は雇い主命だもんなあ?」
「では失礼して」
「は?…っうあ!」
心底見下して鼻で笑う幸人様を、思い切りぶん殴ってやった。
衝撃で俺の前髪を離し、転がり殴られた頬を押えながら信じられないといった目を向けてくる。
俺はゆっくり立ち上がり、幸人様を殴った右手をぶらぶらと振った。
「やり返してもよいとのご指示でしたので。」
「…ってめえ!」
平然と言ってやると、幸人様は怒りに歯をぎりぎりと食いしばった。
そして、ぷっと血交じりの唾を吐きだすと、駆け出して俺に殴り掛かってきた。
そこからは、もうめちゃくちゃ。
騒ぎを聞きつけた執事たちが止めに入るまで、俺と幸人様は殴り合いをやめなかった。
幸人様も俺も血だらけのぼろぼろ。
メイドたちが慌てて医者を呼ぶ。
「堂島、どういうことだ!」
富原さんが皆の前で俺をまくし立てる。
皆はらはらと見守り、幸人様はずっと俺を睨み付けている。
「どうって。幸人様のご命令で殴り合いをしただけですよ。」
何か問題でも?
とケロリとした顔で言う俺に、富原さんをはじめその場にいた使用人たちが皆ぽかんと口を開け、その後やっと理解したのか顔を青くしてわなわなと震えだした。
「き、君は一体何を言っているのかわかってるのか!
い、いくら命令だからって、やっていいことと悪いことの区別もつかないのか!」
富原さんが怒鳴り、周りの皆もこくこくと頷く。
ちら、と見ると黛だけが口に手を当て、笑いを隠しながら頷いているのが分かった。
「富原、下がれ」
異様な雰囲気の中、幸人様が口を開く。
「ゆ、幸人様…」
「いいから下がれ。手当もいらん。
…解散だ。各自部屋に戻れ」
幸人様の命令に、それぞれがぞろぞろと動き出す。
黛が部屋を出るときに、やたら嬉しそうな顔で指をさしてきたのでこっそり舌を出してやった。
さてと。
俺もいいかな。
「それでは、失礼します」
「待て」
皆が退室したので、俺も部屋に戻ろうと礼をすると幸人様が声をかける。
「…今日のところは、引き分けにしておいてやる。」
顔を向こうに向けたままぽつりと言う。
「そうですね。次は負けません」
俺の答えに驚いた幸人様が目を見開いて俺を見た。
「では、また今度リベンジマッチということで。
失礼いたします、お休みなさいませ。」
にこりと微笑んで退室した。
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