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「貸して下さい」
「は…?」
ぽかんとする会長を後目に、さっと会長の盆から、魚の乗った皿を手にした。
そして、きれいな手さばきで身と骨を分けていく。
「無理そうならちゃんと言いなさい。
何のために専属の料理人たちがいると思ってるんですか、皆さんがおいしくご飯を食べられるようにでしょう?
魚の骨くらい、きちんと外してくれますよ。
でもこれから先、会社を継がれるんでしたら接待先で魚が出ることがあるでしょうから、少しずつ自分でできるように練習しましょうね。
ほら、まずはこれから。最後の身を残しました。そう、そこをつまんで。」
厳しさの中にも優しさを滲ませた口調で、会長に魚の身をほぐす手引きをする。
会長は、思わず黙って従ってしまった。
身を自分で取った後、俺はいったい何を、と放心する。
「よくできました、さすが会長ですね。お上手ですよ。次は半身に挑戦しましょうね」
にこりと笑いながら、優しく頭を撫でる。
花形の手が離れたとき、もう少し撫でてほしいと思う自分がいたのだった。
「副会長」
「な、なんですか」
一連の流れを見ていた副会長が、自分を呼ばれびくりとする。
「あんた、いつもいつも人参残すでしょう。今日もほらそれ、皿の端によけてるのなんですか!
一口も口にしないなんて許しませんよ!!」
「す、すみません!」
慌てて箸で人参をつかむ副会長。
「書記様」
「いつも苦手な人参とトマト、頑張ってますね。これは僕の作った特製人参トマトジュースです、まずはこちらから味に慣れて下さい」
テーブルの下から、水筒を取り出しコップに注いで書記に渡す。
書記は、渡されたコップと花形を見比べる。
「わ、私の時と扱いが違うじゃないですか!」
それを見ていた副会長が、書記を指差し体を乗り出した。
「当たり前でしょう。書記様はね、いつもいつも苦手な野菜を必ず一口は食べるんです。
頑張って苦手を克服しようとしてるんですよ!あんたは見た目だけでいつも避けるでしょうが!食べず嫌いと差別するのは当たり前です!文句があるなら一口でも食べてからいいなさい!あと、食事中に席を立たないぃ!!」
「ひいっ!ご、ごめんなさい!」
あっさりといい負ける副会長。嫌々一口かじる。
「…あ、意外とおいしい…」
初めて食べる人参に、ちょっと感動する。
花形は、にこりと微笑んで、副会長の頭を撫でた。
「見た目は嫌でも食べてみると意外においしいものは多いんです。どうしても無理なものは、できるだけ一口でいいから食べましょうね。」
「爽やかくん!あんたはスポーツやる身でありながらかむ回数が少ない!早食いも気持ちはわかるけど、今日みたいに時間のあるときはしっかり噛まないとだめでしょう!顎を噛み締める力が弱いと、力を入れることができんでしょうが!!」
「や、そんな噛まないことないよ…」
「だまらっしゃい!気付いてないとでも思ってんですか!今だってほぼ噛んでないでしょうが!
後最低十回は噛め!噛まないと顎をつかんで無理やり噛ますぞ!!」
ものすごい迫力で迫られ、無言で必死に噛む。
ごくんと飲み込んで花形を見ると、花形は優しく笑って爽やかくんの頭を撫でた。
「そうですよ、噛む力は顎を鍛えるんですから。いざってとき、人間は歯を食いしばって頑張るでしょう?
いつもとは言いません、時間のあるときはなるべくしっかり噛んでたべましょうね。
きっと自分のためになります。」
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