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6

泣いてしがみつき離れない伊集院を、原口が軽々と抱き上げて鳥小屋から出て寮の部屋に向かった。

「崇。ちょっとだけ離してくれるか?な、顔が見たい。…ちゃんと、顔見て話したい。」

部屋についても未だしがみつき離れない伊集院の背中を、大丈夫だとでもいうように優しく軽くポンポンと叩くと伊集院はようやくおずおずとしがみついていた腕を離す。怯えたように涙に濡れた目を原口に向ける伊集院に、原口はにこりと微笑むと隣に座って伊集院の頭を撫でた。

「…俺がわかる?」

原口の問いかけに、こくんと頷くとまたぽろぽろと涙をこぼす。ぎゅっと膝のズボンを握りしめて俯く伊集院を、ゆっくりと引き寄せると伊集院は原口の服を握りしめて小さな嗚咽を漏らした。

「ごめ…、ごめんなさい…。忍…、ごめんなさい…」

何度も何度も謝る伊集院を、原口は無言で撫で続けると伊集院はぽつりぽつりと心の中を吐き出し始めた。


原口が嫌がらせを受けていると知った時、激しい憤りを感じると同時にひどく傷ついた。それは、どうして自分に何も言ってくれなかったのだろうかという哀しみ。原口への嫌がらせや呼び出しは、全て伊集院の目の届かない所で行われていた。それに気付けなかった自分に嫌悪した。
自分を大切にしてくれているのは知っている。でも、だからこそ伊集院だって原口が大切だった。自分のせいで嫌な思いをしているのなら、それを教えて欲しかった。自分にも原口を守らせてほしかった。

でも、原口は自分がそう訴えてもそれを受け入れてはくれない。言いあいするうち、伊集院の中で原口に対してありえない疑惑が生まれてしまった。

もしかして何も言わないのは、自分が取り巻きたちとどうにかなってしまってもいいと思っているからではないのか。取り巻きたちに自分を取られてもいいと思っているからではないのか。他のやつと付き合ってもいいと思われているのではないか。


『かまわないよ』


思わず口にした言葉に対して原口からそう返された時、伊集院の中でせき止めていたものが溢れてしまった。やっぱりそうだ。原口が自分に何も言わないのは、自分の事がどうでもいいから。自分のせいで嫌がらせを受けていることで嫌気がさして、それなら向こうに譲ろうと思ったのではないか。

普通の状態なら絶対に思わない、考えもつかないその考えに伊集院は囚われてしまった。それほど、原口が自分のせいで嫌がらせを受けていることにショックを受け、更に何も言ってもらえなかったことが伊集院には辛かったのだ。

こんなにも、好きなのに。
好きな人を守らせてもらえないどころか、どうでもいいと思われてしまっただなんて。

原口がその後何か言っていたが、伊集院の耳にはもう何も入らなかった。

決定的な別れを告げられるのが怖かったのもある。でもそれ以上に悲しみのあまり伊集院から原口に近づくことが出来なくなった。最後に背中を向けた時、自分の放った『もういい』という言葉の声色に自分があんなに冷たい声が出るのだと驚いた。そんな言い方をしておいて、自分から原口に近づくことなどできなかった。

会いたいのに。傍にいたいのに。でも、原口にとって自分はどうでもいい人間だから。

ぐるぐる、マイナス思考に囚われ身動きが取れなくなって。

何も人の気持ちなど考えることもせずに、傍若無人に振舞っていたあの頃に戻れたら…なんて。人を傷つけてもなんとも思わない…、それが当然だというような人間に戻れたら。

…原口から、離れても平気なんじゃないだろうか。そうしたら、原口は、嫌な思いをしないで済むんじゃないか。自分だって、大事な人を守れなかったことにこんなにも苦しまなくても済むんじゃないだろうか。

原口の一言で、完全に自分を見失ってしまった伊集院はもう何が正解でどうしていいのかわからなかった。
寝ても覚めても原口の事ばかり考え、ろくにご飯も喉を通らなくなって、ふらついた時にはもう自分は階下に落ちていた。


そこで目覚めた時、伊集院は自分が望んでいた通り今までの原口との全ての記憶をなくし、以前の傲慢な自分であることしかわからなかった。


目の前で泣きそうな顔をして自分を見つめた原口に対して、ひどく冷たく当たりながら心の中にとても冷たい風が吹きすさぶようだった。

『こんな平凡が自分に近づくなんて許されない。』

それは、傲慢であったが決してそうではなかった。記憶のない伊集院は原口を平凡だと、そう思って口にしたであろう言葉。だが、本当は。記憶のないままに、無意識に、これ以上原口が自分の事で傷つけられることがないように。遠ざけることで、守ろう。記憶のない伊集院の中の原口を思う心がとらせた行動だった。


そうして、伊集院は今までのおのれの全てに蓋をして俺様であった頃の伊集院に戻った。



全ては、原口忍、愛しいただ一人の人のために。

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