×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




2

「原口君…!」

病室を出た原口を追いかけてきたのは、伊集院との付き合いを最も応援してくれていた一人だった。

「原口君、あの、その…」
「いい、気にするな。」

今にも泣きそうに顔を歪めてしどろもどろと何か声をかけてくれようとするその子に、優しく微笑みかける。その笑顔を見た友人は、きゅっと唇を噛んで俯いた。

「…俺の事は、いい。それより…崇を頼む。」

ぽん、と俯く友人の頭に軽く手を乗せ、振り返らずに病院を後にする原口の背を見送る。同じように、4階の病室の窓から伊集院が去っていく原口を見ていた。


学校の寮にある自分の部屋に戻った原口は、ネクタイを緩めてソファにもたれかかって両手で顔を覆い背もたれに頭を預けた。暗闇の中、浮かんでくるのは自分を蔑んだ目で見つめる伊集院の顔。

あんな目を向けられたのは久しぶりだ。あれは、初めて会話を交わしたあの時と同じ目だ。

連絡を受けた時には頭が真っ白になった。無事でいてくれればいい。ただそれだけを願って駆けつけた病室で、変わり果てた己の恋人。

無事でいてくれればいい、とは思ったけれども、まさか己の全てをなくしてしまうとは思わなかった。

愛しい、愛しい恋人に、忘れ去られてしまった。その事実に、原口はしばらく身動き一つとることなくただただ顔を覆い体をソファに預けていた。


しばらくして、ゆっくりと顔を覆っていた手を外して自分の髪をかきあげる。

頭を打った以外に外傷はないと言っていた。つまり、記憶がなくなった以外に問題はない。

…それで、いいじゃないか。

伊集院は階段の一番上から、頭から落ちたと聞いた。一歩間違えていたら大怪我どころか命を落としていたかもしれない。それで、記憶以外にはどこも問題はないのだ。

伊集院の無事が自分の記憶との引き換えであったのならば、それでいい。

原口はそう自分を納得させて、頬に流れた涙をぐいと拭った。



原口は、記憶がなくなった伊集院を、もう一度次の日に見舞いに行った。伊集院の好きなプリンを持って病室を訪れた原口の目の前で、伊集院は原口を見るや否やひどく不快そうに眉をひそめた。そして、見舞いの品であったプリンを見て
『冴えない平凡の持ってきたものなど口にできるか!』と一瞥しただけですぐに退室を命じた。

「二度とその顔を見せるな!平凡が馴れ馴れしく俺様に近づこうなど、厚かましいにもほどがある!また傍へ寄ってこようものなら、全力で貴様を潰してやるからな!」

激しい拒絶に、手に持った見舞いの品に視線を落としてぐっと唇を噛む。

『忍のくれるものなら何でもおいしく感じるから不思議だな』

そう言って幸せそうにプリンを食べる伊集院を思い出し、泣きそうになったがよければ皆で食べてくれと病室にいた友人に手渡して原口は病室を後にした。


その翌日には、伊集院は原口の記憶以外問題がなく退院して学校へと出てきていた。その時にはすでに原口が伊集院に忘れ去られてしまったという噂は校内を駆け巡っていた。心配した晴哉と北島が原口を訪ねてきたが、原口は二人に余計な心配を掛けるまいと笑顔で応える。あんなに原口の事を好きだと言っていたのに、とうわさを信じられなかった二人は、その後三人でいるときにばったりと伊集院に出会って初めてその噂が事実であることを知り愕然とした。


「信じらんない…。なんであんな態度取れるわけ…?」
「晴哉」

じわりと涙を浮かべながら拳を握りしめ、わなわなと震える晴哉を北島が落ち着かせようと優しく背中を撫でる。
先ほど偶然にも退院してきた伊集院と出会った時に、完全に原口の事を無視した伊集院の態度に晴哉はひどくショックを受けていた。

「あんなに…!あんなに、兄ちゃんの事好きだって…!兄ちゃん!兄ちゃんはいいの!?」
「いいんだ」

ふ、と微笑んで晴哉の言葉を肯定した原口に、晴哉と北島が驚いて見開いた目を原口に向ける。そんな二人に、原口は優しく微笑んだ。

「…あいつ、元気そうだったろ?なら、それでいいんだ」

ポケットに手を入れ、空を見上げる。あの日も、こんなに青かったような気がする。

思いだしてほしくないと言えば嘘になる。だけど、思いだしてほしいとは思わない。思いだしてくれ、と迫るのは簡単だ。だけど、伊集院が負担になることはしたくない。

自分を思いだそうとすることで、伊集院が不快な思いをしたり苦しんだり辛い思いをするくらいなら忘れられたままでいい。自分を忘れても、伊集院が幸せであるならばそれでいい。

「…青い鳥だってさ、かごから出て自由に飛びたいって思ってたんだよな。きっと…」

原口のつぶやきは、誰の耳に届く事も無く青い空へと吸い込まれていった。

[ 25/50 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]

top