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8

「で?」

正座する晴海の前で、椅子に座り腕を組んでじろりと見下ろしてくる梨音に晴海はぐう、と蛙がおされたような声を出した。晴海の隣で、同じように正座をする紫音が晴海の手をぎゅっと握る。

「もう、しーちゃん!どうして甘やかしてるの!しーちゃんは隣で正座するんじゃなくて、もっと秋田先輩に蔑んだ目を向ければいいんだよ!」
「…」

梨音に怒られ、びくりと体を跳ねさせるも紫音はふるふると頭を振り晴海の背中にピタリとくっついた。そして肩越しにちらりと梨音を見、うるうるとその目を潤ませると梨音が今度はうっと言葉に詰まる。


二人で中庭で抱きしめあっていると、誰かが呼んだのであろう梨音と克也が現れた。真っ青な顔で駆けてきた梨音は、抱きしめあっている二人を見てわんわんと泣き出した。二人の様子を見て、晴海が記憶を取り戻したのだと瞬時に理解したのだ。泣きわめく梨音に気が付いた紫音が慌てて立ち上がって側に寄り、梨音を抱きしめる。克也はその場で立ち上がった晴海の肩を何も言わずに軽く拳で叩いた。

それから、二人は克也と梨音に連れられ空き教室に連れてこられ、現在に至る。

梨音が、紫音に代わりに事の詳細を訊ねたのだ。

晴海が怒りにかられ屋上から飛び出そうとした原因は、名張が紫音に渡した手紙にあった。

『あの告白の時から君の事をずっと見ていた。あんなにも心の打たれる告白は僕は知らない。ずっと君を見ているうちに君がとても純粋な人なんだと分かった。同時に、もっと仲良くなりたいと思った。こけてしまった僕を優しく手当してくれる君に思った通りの人だととても嬉しくなった。何て純粋で、汚れのない天使のような人なんだと思った。僕は、君の力になりたいと思う。君が汚されてしまう前に、その汚れから守りたいと思う。初めは友達からでいい。』

暗に、紫音をまるで蜘蛛の糸で絡めるようなやり口でそのうち手に入れてしまおうという卑怯なその手紙に晴海は今までにないくらい怒りを覚えた。この内容では、紫音は普通に友達になってほしいと言われたと捉えるだろう。この相手は、自分だけでなく純な紫音の心までも利用しようとしたのだ。

それを見抜いた晴海は、立ち上がり怒りのままに屋上を出ようとした。あまりの怒りのために、冷静な判断ができなかった。そのため、いつもなら絶対に踏み外したりなどしない階段からあのように転落することとなった。

目が覚めた時に心に残っていたのは、怒り。だが、それが誰に向けられたものであるかがわからない。

病室に飛び込んできた紫音を見て、記憶がないとはいえ冷たく当たってしまったのは恐らくその怒りの原因の当事者であったからだろう。

中庭で二人でいるところを見かけて沸いたあの気持ちは、間違いなく名張に向けて感じた怒りであった。自分が殴りたいと思っていたのも名張。だけど、紫音を見て記憶のない晴海は一番初めに紫音と相対した時の気持ちが体に駆け巡った。

この男なら、対等に渡り合えるのではないか。自分と心行くまで喧嘩ができるのではないか。

そのときの晴海は、もはや怒りではなく、純粋に強者としてライバルを見つけ出した時の気持ちになっていた。

だからこそ、あの言葉が出た。

『誰かを殴りたくて仕方がない。それはきっとお前だ』

恋に似た、相手に焦がれる気持ちがその存在を忘れてしまった紫音にはっきりと向いていた。

まるでダンスにでも誘うように、高揚した気持ちで紫音に喧嘩を仕掛けた。
いとも簡単に自分の拳をよける紫音に、やはり自分の勘は間違いないと喜びに震えた。

だが、泣きそうになりながら『やめて』と繰り返す紫音を見て喜びではない感情に胸が痛む。

わからない。わからない。

自分が、真に望んでいたのは何なのか。


こいつを倒せば、きっと答えは出る。


だけど、あのとき。


『大好き』の言葉。


本当に欲していた物はこれだったのだと、沈む意識の中満たされた気持ちになった。



「…って、感じで…ようやく、全部思い出しました。ごめんなさい。」

梨音と克也に、深々と頭を下げる晴海に二人が安堵の息をもらす。確かに、悪いのは晴海だと責めてやりたい。でも、それに対して何もしてやれなかった自分たちのふがいなさを思うと晴海を責めることなどできない。

「ほんとに、ごめん。二人にも、すげえ心配かけたし…紫音ちゃんにはなんて言えばいいのか…」
「先輩」

膝の上で拳を握りしめると、紫音が握りすぎて血の気のなくなったその手をそっと包んだ。

「いいんだ。もう、いいんだよ。ちゃんと、思い出してくれた。帰ってきてくれた。それだけでいい。…俺こそ、ごめんね。先輩が望むなら、喧嘩、してあげたかったけど…」

晴海が望むなら。そう心に決めてぐっと拳を握りしめたけれど。

自分に向かってくる晴海を見て真っ先に浮かんだ気持ち。


どうしたって、何があったって、


「やっぱり、大好きってしかでなかったんだ。どうしても、言いたかったんだ。ごめんね。」

望みを叶えてやれなかった、と申し訳なくうなだれる紫音に、晴海が首を激しく左右に振る。

あの言葉がなければ、自分はいつまでも記憶のないまま紫音を傷つけるばかりだっただろう。

「…紫音ちゃんの『大好き』は、魔法の言葉だね」

包まれた手をそっと握り返し、晴海が紫音に向かって微笑む。その笑みを見て紫音は、ぽろりと涙を一つこぼした。

「し、紫音ちゃん…」
「…っく、ふぇ…、せんぱ…、せんぱい…っ」

ぽろぽろと涙をこぼしながら、ぎゅうと晴海にしがみつく。

その魔法の言葉をくれたのは、先輩だ。梨音を守るためだけに心を凍らせていた自分に、晴海がかけてくれた言葉。克也と梨音の思いが通じ合ったときに、もう梨音には自分の助けは必要ないのだと思ったときにくれた言葉。

『大好きが、増えていくんだよ』

紫音にとって、あれは紛れもない魔法の言葉だった。

「先輩…、好き。大好き。何度でも、言うよ。いくらだって、言うから。」

また先輩が忘れちゃっても、何度でも思いだせるように。魔法の言葉を、いくらでも投げかけるよ。

「…紫音ちゃん。おれも、大好きだよ。」

そっと頬の涙を拭い、唇を寄せた。

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