お花の甘い香りで、いっぱいになる。この空間が、彼女と過ごす、ゆったりとした時間が、とても好き。私がエアリスと知り合ったのは休みの日に行く宛もなく、この教会の辺りを、うろうろしていた時だった。慣れないスラムで私は無意識に視線を泳がせていたのか、それを不安に思ったエアリスが声を掛けてくれたんだ。どうしたの?って。一目見た時お姫様みたいだと思った。宝石のようなグリーンの瞳、華奢な体、透き通るような声。そんな可憐な見た目に相反して無邪気で明るい性格の彼女に私は惹かれ意気投合し、暇があれば彼女の元へ足を運ぶようになっていた。

「それにしても名前久し振り、だね。忙しかった?」
「うーん、まぁ、いろいろとね」

モデオヘイムで力尽きてしまったことをエアリスに話す気にはなれなかった。何か恋する男の子みたいで笑えるけど彼女に格好悪いところを見せたくなくて。そんなことエアリスは思わないだろうけど、ね。話題を変えようと少し俯いていた顔を上げる。あれ、エアリス、そんな髪飾り持ってたっけ?

「ピンクのリボン、可愛いね。どうしたの?」
「これは、ね。プレゼントしてもらったの…気になる人、に」
「ちょっと、何それ!聞いてない!」
「今日、話そうと思ってた、よ?」

そう笑いかけられては私も何も言えなくなってしまって。エアリスには敵わないなぁ、なんて思い知る。名前も知ってる人かもしれないなぁ、なんて言い出すから、びっくりして私は問いただすけど、名前は、そういう人いないの?なんて私がさっきそうしたように話を変えていってしまう。

「いないよ。そもそも男、苦手だから」
「かわいい顔してるのに勿体ないなぁ」
「エアリスが、そう言ってくれるのは嬉しいけど私は可愛くなりたいんじゃなくて強くなりたいの」
「うん、それでこそ名前だね」

男、ねぇ。そもそも必要以上に神羅の人間とは関わりを持とうとしない私。流石に任務を何度か共にすれば名前と顔は一致するけど、気軽に話をする相手なんて、ほぼ皆無。でも最近私の中で、その他大勢とは違う男が二人、いる。私を真っ直ぐに受け入れたザックスと何故か私に分かってほしい、と言ったクラウド。当たるのか、どうか分からない私の勘が不思議と彼等と関わりを持っていくのだとなんとなくだけど予想している。

「あれれ?もしかして気になる人、いる?」
「そんなんじゃない!ただの上司…と同僚だから」
「へぇ〜?」

私の少しの変化を彼女は、いつも見逃さない。じぃっと彼女に見つめられると隠し事が、できない。でも自分の話を上手くできない私だから彼女のそういう所に助けられてる。心の闇を、一人で抱えずに吐き出すことができる。

「私のことは、もういいから!エアリスの話聞かせてよ」
「ふふ、分かったよ…彼の名前はね」

言い終わる前にエアリスの悲鳴が聞こえる。彼女の視線の先を追うと、まるで鎧を纏った獣のようなモンスターが、いつのまにか教会へと入り込んでいた。その鋼のような色と対照的に生えた白い翼が、一層不気味さに拍車をかけている。私は咄嗟にエアリスの前へ立ちはだかり彼女を守る壁になり、向こうの出方を窺うために目の前の敵に神経を集中させる。そんな意識の向こう側で扉が開く音が聞こえた。

「ザックス!?」
「名前!?エアリスも…無事か!?」

ザックスの思いがけない登場に驚き、そして彼の言葉で、はっ、と敵にまた意識を戻す。私達に攻撃、してこない。しばらく、じっとしていたままだったが、その獣が天を見上げた瞬間ザックスの目の色が変わり戸惑いながらも呟いた。アンジール・コピー?と。そして、また扉が開いたと思えば乗り込んでくる神羅の機械兵器。平和なはずの教会が混沌としていた。その機械兵器は私たちを順番に見渡す。驚きの連鎖は止まることなく、いつの間にか私達の横に並んでいた獣は突如機械兵器に飛び掛かり、再起不能にしたのだ。これって。

「助けてくれた…のかな?」

エアリスの言葉にザックスは、そう、みたいだな、と自身も、よく分かっていないような複雑な表情をして、へらりと笑った。視界の端でバタリ、と音を立てて倒れ込んだ敵だと思っていたモンスターに近付く。劣化か、とザックスは呟く。かわいそう、とエアリスは言う。私は何も言わずに、ただ力尽きているその獣の真っ白な羽根を、じっと見つめていた。

「アンジールも、どこかにいるのか?」
「私、詳しいことは知らないけど、あの人は、もう…」
「名前、俺もそう思ってたけど、まだ生きてる、そんな気がするんだ」

にわかには信じ難いことだけれど、そういう彼の気持ちも分かるような気がした。命尽きてしまったかと思われたモンスターは羽根をはばたかせ教会の屋根、剥き出しの木の骨組みを止まり木にした。一体何が目的だったのだろうか。両手を握りしめたエアリスの、あの子、なんだか、悲しい、という祈るような言葉。少し俯いたエアリスの横でザックスは顔を上げて言う、お前何しにきたんだよ、と。

「アンジールの意思と何か関係あるのかもね」
「俺にも分かんない。守ってくれたから…そうだと、いいんだけどな」

ザックスは悲しそうに笑った。この人でも、こんな顔をするんだ、と素直にそう思った。そしてエアリスの気になる人って多分、いや、絶対。

「ね、花売りワゴン作ろうよ。みんなで!」
「わ、私も?いいよ、私は帰るから」
「名前が居た方が楽しい。名前とザックスも仲良くなって欲しい、ね?」

ニコニコと咲く笑顔。戸惑う私はザックスの反応を待つ。賛同しながらも、この複雑な状況に、あまり気乗りがしていないようだった。そんなザックスにエアリスは、花が咲き乱れるように笑いかけるのだ、だいじょうぶ、と。私には何となく分かる。私がこの笑顔に弱いように、彼もきっと、そうなのだろうと。だって何も言えなくなってる。そんな中、叫ばれた、分かってんだろうな、そこでじっとしてろよ、と、いう思い。モンスターではなくアンジールに語り掛けたんだろう。後は俺が何とかする、と最後に付け足した言葉はアンジールに届いたのだろうか。私には教会に差し込む光に吸い込まれていった、ように見えた。

「ね、花売りワゴン、作ろうよ。名前も、だよ」
「…仰せのままに、お姫様」
「よろしい。かわいい王子様」

うーん。求めていた返事とは、ちょっと違うけど…まぁいっか。

**

ザックスは材料を集めてくる、と教会を飛び出して行った。どうやら花売りワゴンを作って上の街で花を売る、というのが最終目標らしい。まだ怖い、と言うエアリスに、なら俺がついててやる、と、そんな台詞を平気で言うザックス。そんな二人のやりとりを椅子に腰かけて見ていた。私、やっぱり帰った方が良かった?拗ねている訳ではなくて二人のためにも、そうした方が…。まぁエアリスが選んだのがザックスなら良かった、とは思う。どこぞの馬の骨なんかよりは、よっぽど良い。強いし。心もきっと、強いと思う、から。でも、やっぱり、なんだか少し悔しくて息を吐いてから、また吸い込むとお花の甘い香りと私の腰掛けている椅子からだろうか、少し古びた木の匂い。ザックスにエアリスを守ってくれ、と、あっさり重要な役割を任されてしまったので、自分より遥か上にいるアンジール・コピーとやらにも神経を注ぐ。

「名前、やっぱり、ザックスのこと知ってた、ね」
「同じ神羅で任務にも同行したことあるよ」
「やっぱり。だから、言うの少し恥ずかしかったんだ。でも名前、ザックスには、ちょっと心開いてる、よね?」
「…そうかもしれない。でも、なんか、そういうのでは、ないよ」
「ふふ、分かってる」

彼と初めて会った日を思い出す。ザックスは私が神羅で噂の女兵だということに驚きながらも、素直に告げた。ずっと会ってみたかった、と。目を見て分かった。彼は違うって。説明するのは難しいけれど、ある程度生きていれば分かるようになる、一言離話せば何となく、その人のことが分かるってやつだ。十数年しか生きていないじゃないかと言われたら、そこまでかもしれないけど。

「好きな人同士が仲良くなるのは嬉しいね」

あ、今、好きって言った。さらっとした告白に驚いたのは私の方。エアリスが私のことを好きなのは我ながら分かっているつもり。そっか。やっぱり、好きかぁ、ザックスのこと。私が見ていて分かるぐらいだったから、まぁ、そこまで驚くことではないのかもしれないけど。恋愛って、どういう感じなんだろう。私には分からないし今は必要ないとしか思わないけれど、鼻歌を奏でる彼女を見ていると、案外悪くないのかもな。なんて思ったりもした。

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