目を覚ましたのは、柔らかいベッドの上だった。滑らかなシーツが肌に心地良い。私はザックスと会った後、結局モデオヘイムで力尽きた。思い出したくないけれどはっきりと覚えている。悔しい。結局、何もできなかった。あんなに息巻いて、偉そうなことを言ったのに。恥ずかしくなり、顔に熱が集まる。

「いった…」

体を起こすと鈍い電流が走ったような痛み。それのせいで余計に惨めな気持ちになる。視界の端に映る、もう一つのベッド。そこには薄い金髪の彼が、すぅ、と寝息を立てていた。とても、安らかに。取り敢えず立ち上がろうとすると、丁度部屋に入ってきたナースが慌てて私を止める。まだ安静にしていなさい、と。胸元についている札を見ると神羅カンパニーの文字。ここが神羅ビルの中の一室であることを今更ながら理解した。…思っていたより重症なのかもしれない、私。

「彼も、ずっと寝ているわ。大きな怪我はしていないみたいだけど…モデオヘイムに行ってたんでしょう?寒さのせいで体が余計に疲れているんじゃないかしら。取り敢えず許可が出るまでは勝手に出ていっちゃ駄目よ」
「…はい」

逆らったところでメリットがないと考えた私は、大人しくベッドに戻った。仰向けになって考える。あの後、ザックスとツォンさんは、どうなったんだろうか。私達以上の怪我を負っていることは考えにくいけれど、あの先で、何があったんだろう。ごろんと寝返りを打つと、クラウドの顔が視界に映って、一瞬思考が止まる。彼も私と同じように寝返りを打っただけなんだろうけど、あまりに驚いたので何故か腹が立った。…睫毛、長い。肌、白い。私より女っぽいんじゃないの?やっぱり、お姫様みたいだ。

「ん…」

顔を、穴が開くほど見つめていると、薄い唇が少し開いて呻き声が漏れた。やば、と声に出そうになったのを抑えて寝返りを打つ振りをした。起きて、ない、よね?息もできないまま数秒間固まっていると、背後から聞こえる規則正しい寝息。それを確認した私は目一杯酸素を吸い込んだ。眠気も一気に冷めて取り敢えず立ち上がる。

「…名前?」

背後から声が聞こえて振り向くと、まだ眠そうな瞳をゴシゴシと擦りながら起き上がったクラウドの姿。自分の置かれている状況が分からないのかキョロキョロと辺りを見渡す彼に簡単に経緯を説明した。どうやらクラウドも、私と同じく、あのまま力尽きてしまったようだ。

「名前は怪我ないのか?」
「そんな大きな怪我はしてない。あんたも同じく、ね。後、許可が出るまで、ここから出ちゃ駄目だってさ」

私の言付けにクラウドは、そっか、とだけ返してきたので、そこで会話は終わった。ここから出たら駄目、ってことは、それまで二人きり?…ありえない。というか、別部屋に、してほしかった。何とも思っていなくとも男と女なんだから。色々と面倒臭いじゃん。神羅カンパニーの気の使えなさに思わず漏れる溜息。私の、その行動が自分に向けられたとでも思ったのか、クラウドが声で顔色を窺うように私へと話を投げる。

「俺が、ソルジャーになるのを諦めてるのか、って言った、よな」
「…言ったね」
「諦めてる訳じゃない。でも、たまにさ、どうしようもなく不安になったりすること、名前はないのか?あの時はザックスに止められて言えなかったこと、今だから話したい」
「ないわけではない、よ」

どうして私に、わざわざそんなことを伝えるのかよく分からなかった。というか、それを言うことで何を伝えたいのか、分からなかった。そして、その疑問を私は、そのまま口にしてしまう。クラウドは、うーん、と少し考えた後、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。

「何か、名前には分かってほしいって思ったから」

全く想像していなかった答えに思わず、は、と口が開く。そのまま何も言えない私の前でクラウドはブツブツと、俺もあんまり周りと馴れ合うタイプではないけど名前とは分かり合いたいと思った、だとか更に意味の分からない事を言う。もういい、もういいから。

「あとは、その目」
「ま、まだ何かあるの?」
「綺麗だったから」

最後に、爆弾を落とされた私は、はぁ!?と大きな声を上げてしまう。シルバーの目。綺麗だなんて言われたのは初めてだった。冷たそう、やら、性格悪そう、なんてのは今まで言われたことがあったけれど。声は廊下まで響き渡ったのか先程のナースが慌てて部屋に入ってくる。どうしたの!?と焦りながら。な、なんでもないです。と私が答えると、病室では静かにしなさい!と怒られた。何で私が怒られないといけないんだ。悪いのは、あんなことを言ったクラウドなのに。

**

整列する一般兵や、ソルジャー達。その前に代表して立っているのはザックスの姿だった。髪型が変わり、纏う雰囲気まで変わったような気がする。彼を見るのは、あの日以来だった。もちろん私はモデオヘイムでザックスがアンジールを追いかけた後に何があったか、なんて伝えられることはなかった。ザックスは立ち止まり、私たち全員へと語りかける。

「一個だけアドバイス…いや、命令だ」

唐突に告げたザックスは背中に背負っている大剣を手に取り、一度遠くを見つめると、両手で握り直し、額に触れさせ、下ろす。私の見間違いでなければ、あの剣は…。

「夢を抱き締めろ。そして、どんな時でも…ソルジャーの誇りは手放すな。いいな?必ずまた全員でここに戻るぞ」

そして大剣を天に掲げ、行こう、と小さく呟いたザックス。それから、暫く彼の姿を見ることはなかった。

**

プロジェクト・Gはアンジールのおふくろさんの実験だった。ホランダーは俺がモデオヘイムで確保して会社に引き渡した。その後は、会社から待機を命じられて、もう随分と経つ。会社はゴタついてるらしい。俺の周りにはタークスの連中がいつもいて。偶然休暇が重なった、と言っているけど、どうだかな…。でも、アンジールやジェネシスのことは誰も何も言わない。まるで、もとからいなかったかのように。みんな、ソルジャーをなんだと思ってるんだ?この先、俺は何と戦えばいいんだ?ソルジャーの誇りって、なんだよ。俺は大口叩いて部下達に語りかけたというのに、それがなんなのか分からなくなっていった。コスタ・デル・ソルで待機させられていた俺はタークスのシスネからラザード統括が裏でホランダーに資金提供をしていたことを知らされる。そして、数日前に失踪したと。みんな、何を考えてるんだろうな。俺には全く分からない。更には、今、一番会いたいと願っている…エアリスが神羅カンパニーが着目しているらしい特殊な種族、古代種の、たったひとりきりの生き残りだと、そう告げられた。俺は知らなかった。あいつ、何も言わなかったから。あぁ、会いたいんだよなぁ。そんな思いを馳せていると俺の目の前に現れた敵、ジェネシス・コピー。あいつ、もういないんじゃなかったのか?不思議に思っているとツォンが口を開いた。

「ジェネシスも、いるのかもな…肉体を失った精神はライフストリームへ帰る。星を巡る精神エネルギー…ジェネシスの精神も今頃は…」
「そのライフストリームからコピーを操ってるってのか?」

俺の質問に、ツォンは単なる想像だ。とだけ返し、俺への休暇の終了を告げ、何者かの襲撃にあっているジュノンに共に来てくれ、を歩き出した。また、えらく急な…。戦いの勘、鈍ってねぇといいけどな。

**

ジュノンには拘置されているホランダーがいた。俺は捕まえようと必死になっていたが、あいつはジェネシス・コピーの手を借り、逃げて行った。…やられた。もう少し、だったのに。

「任務失敗。査定大幅マイナスだな」

振り返ると銀色の長い髪、セフィロスの姿があった。会ったのは、いつぶりだろうか?100年ぶりか?と驚く俺の横をゆっくり歩きながら、後はタークスに任せておけ、と告げ、話を続ける。

「モデオヘイムに行く途中だったがお前がここにいると聞いてな」
「嬉しいなぁ」
「再び事態は動き出したようだ。世界各地にジェネシス・コピーが現れている」
「なんでだ…。ジェネシス・コピーは一掃したはず」
「ジェネシスは本当に死んだのか?」

頭に流れる映像は、ジェネシスが自ら飛び降りたシーンだった。あの高さから落下すれば、ひとたまりもない。…でも俺は、あいつが息絶えるのを見た訳ではないのだ。そんなことに今更気付いた俺の口から、あ、という声が漏れる。

「ミッドガルにもコピーどもが来ている」
「…そうか」
「スラムにもな」

スラム、その言葉に無意識に表情が固まったような気がした。無事なのか…?エアリス。何も言えないでいる俺にセフィロスが、俺が許可する、帰れ。と告げた。少し、意外だ。その感情を隠すことができずに言葉が詰まる俺に、じゃあな、と軽く手を挙げたセフィロス。俺は一度背中を向けるも、立ち止まり、少し気になっていたことを聞く、モデオヘイムでが、どうかしたのかと。どうやらホランダーが使っていた装置が強奪されたらしいとのことだが、おそらくジェネシスだろう。そこで終わる会話。他は何を話そうか、また、しばらく会えなくなるような気がして、少し地面を見ながら口を閉じたままでいると、意外にも次に会話を投げたのはセフィロスの方だった。

「またすぐに会えるさ」

セフィロスが、そう言うと、きっとそうなんだろうと思える、ような気がして、念を押すように人差し指を向けて、絶対だぞ。と返した。夕焼けの橙とセフィロスの銀色。相容れない、その色合いが何故か俺の心を掴んだ。

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