ザックスが、あれ、と指を向けた先には、採掘場の見張りをしている敵の姿が見えた。私達に追いついたツォンさんが言うには、ここは魔晄の試験堀りに使われた施設とのことだ。様子を見てくる、と立ち上がったザックスをツォンさんは、私達の本来の任務はモデオヘイムの調査であり、ここで戦力を減らすわけにはいかない、と宥めるように告げるが、かといってジェネシス軍の動向を見逃すことはできない、と後付けした。つまりは、戦闘を避けて潜入しろ、というわけだ。私が口に出さなかった考えを、そのままザックスはツォンさんに返した。
「入口は、あの倉庫の裏手にある。施設内に入ってしまえば好きに暴れて構わない」
ツォンさんの説明に、任せろ、と拳を握りしめたザックス。ソルジャーは、ただの戦闘バカじゃない、ということを証明してくれるらしい。私とクラウドに、見てろよ、と歯を見せて笑ってから彼は颯爽と倉庫へ向かって行った。
「あの…さっきはごめん」
只、ザックスを見ていた私に声が掛けられる。この声は、きっとクラウドのものだろう。私が振り向くと彼は先程と同じように下を向いていた。別に謝られる理由なんてない、と思った。別に喧嘩をした訳ではないし、もしそうだったとしても別に仲直りをしたい訳ではない。私は思ったことを言っただけ。
「別に、気にしてないよ」
「そっ、か」
どっちでもいいから気にしてないんだけど、私の本意は伝わってなさそうだ。少し安心した表情の彼。ザックスの方へと視線を戻したので私も同じようにした。ザックスはツォンさんの言葉通り派手に暴れ回っているけれど、ただむやみにそうしているのではなかった。無駄のない動きで反撃の一つも受けずに立ちまわる彼に目が釘付けになる。やがて奥の地下へと進み姿が見えなくなった。私とクラウドはサポートをするために急いで彼を追いかけた。
**
急いで追いかけた先にはソルジャークラス1stのジェネシス。いや、神羅に背いた今となっては、元、と頭に付け足した方がいいんだろうか。対峙するザックスも見える。逃げようとするホランダーをクラウドと二人がかりで必死に抑えつけるが、クラウドが掴んでいた方の腕をホランダーは力いっぱい振りほどき、クラウドは地面へと叩きつけられる。体勢が崩れた私をすり抜けていくホランダー。そしてザックスを盾にしてジェネシスへと語りかけ始めた。
「ジェノバ細胞でお前の劣化が抑えられる…か。だが、それの保管場所が分からない。宝条でさえ知らないんだ。見つかりっこない!」
「だったら、このまま朽ち果てるさ…ただし、世界も道連れだ!」
勢いよく剣を振りかざすジェネシス。防いだザックスの剣と交わり合う金属音が響いた。走り出したホランダーを横目で見たザックスが叫ぶ。追え!と。言われなくとも。
**
「『明日をのぞみて散る魂…誇りも潰え、飛びたとうにも、翼は折れた』…これがモンスターの末路だ、ザックスよ」
苦しそうに話すジェネシス。背中に生えた黒い羽根が揺れていた。俺達はモンスターじゃない、ソルジャーだろ、誇りはどうしたよ?俺がそう力強く語りかけても、ジェネシスは嘲笑った。立ち上がり、ふらふらと後ずさりしながら、まだ俺に言葉を投げかける。
「『約束のない明日であろうと、君の立つ場所に必ず舞い戻ろう』…この世界が俺の命を脅かすなら…道連れだ」
力強く放たれた最後の言葉。ゆっくりと背中から落ちていくジェネシス。柵に手をかけ見下ろすと、暗闇の中へ一直線、落下して小さくなっていく姿が見えた。…ひとまずここを離れた俺は、全員と合流しようと辺りを見回す。けど、誰もいなかった。取り敢えず続く道を行くと、アンジールのモンスターが現れた。…ここに来てるのか?アンジール。俺は話がしたいよ。ずっと、これからも、一緒に戦えると思ってたのに、一体どうしちまったんだよ…。
「クラウド!名前!」
横たわる二人を見て、自然と声が大きくなった。意識はあるようだが、もう戦える状態ではなかった。だいじょうぶ、と少し微笑んで返すクラウドと、悔しそうに唇を噛みしめる名前の姿は何だか対照的だった。そして座り込んだまま動けなくなっているツォンが俺に告げた。この先にいるホランダーを確保してくれと、そして…アンジールが俺を待っていると…。どういうことだ?混乱する頭の中を整理することができないまま、走る。急げ俺。そして目に入ったのは背中に生えた白い翼…アンジール。俺の気配を感じ取り、口を開いた。
「ジェネシスとは…本当なら俺が戦うべきだった」
「ったく…誰がしむけたんだよ」
「だが次はお前自身の仕事だ」
どういうつもりだ、と俺が声を荒げた瞬間、アンジールは俺に剣を振りかざした。よせよ、と制止しても止むことはない。待っている人がいるんだろ?アンジールの言葉に思い浮かべる、一人の存在。
「アンジール、本気かよ…?」
そう言いながらも俺は自分の剣へ手を伸ばした。ここでやられる訳にはいかない。でも、何で…どうしてなんだよ。
「いいぞ、アンジール!我々親子の恨みを今こそ晴らすのだ!」
…ホランダー。奴は交わる俺達の剣を見て楽しそうに笑っている。親子?俺が言い終わる前にアンジールは、黙れ!俺の父は死んだ!と激昂した。
「ならば…母の恨みを晴らせ」
「母は過去を恥じ、自ら命を絶った!」
「恥か…それは間違いだ。彼女は誇りに思うべきだった…自分の名が実験コードネームに残されたことをな。プロジェクト・G…すなわち、プロジェクト・ジリアン」
俺を置き去りにしたまま進んでいく会話。母の名を口にするな、そう言ってアンジールはホランダーに掴みかかった。それに怯まないホランダー。閉じられることのない口は動き続ける。
「ジェノバ細胞を埋め込んだ女、ジリアン…ジリアンの因子を胎児期に移植されたジェネシス…ああ、ジェネシスは失敗だった。認めよう。だがアンジール。お前はジリアンの胎内で細胞分裂を繰り返した。お前は完璧だ…」
自分に酔ったように両手を広げたホランダーをアンジールは突き飛ばし、ようやく俺へと視線を向ける。そして告げた。俺は完璧なモンスターだと。アンジールの細胞は他者を取り込んで、それを分け与えることができる、と。そんな難しい話されても分かんねぇよ…。
「双方向コピー…ジェノバの力を正しく継承したというわけだ」
補足するように付け足すホランダーをアンジールは辛そうに、でも怒りを含んだ表情で一度見た。そして、また逸らす。
「ザックス…覚えているか?世を苦しめるもの全てを戦うと、約束したよな?」
「うん…でも、あんたは違う」
「俺自身が、俺を苦しめる…ザックス、見せてやろう」
改めて向き直る俺とアンジール。取り返しのつかないことになるぞ、というホランダーの言葉はアンジールにはもう、届かなかった。そして、アンジールが左手を上げたのを合図に現れるモンスター達。そいつらは剣を抜いた俺を無視してアンジールへと一直線だ。
「アンジール!」
「ぐぁっ…あぁ…」
聞こえるのは呻き声。見えるのは放たれる光、逃げだすホランダー、そして…モンスターになってしまったアンジールの姿だった。行き場のない思いに拳を握りしめる。始めからこうなることは決まってたって言うのかよ?
「アンジール…誇りはどうした!?」
そう叫ぶ俺の声も、きっと届いていない。あんたが教えてくれたんじゃないのか?俺は、あんたの言葉を信じてずっと…。繰り返しながら、俺は剣を握り直した。
**
白い羽根に囲まれて、倒れ込むアンジール。俺は、倒した。アンジールを。思い出が、何度も、俺の腕を止めようとした。でも、もう戻れない。だから、やるしか、なかったんだ。
「…ザックス、よくやった。後は…頼む」
俺の目の前に差し出されたのは、アンジールの持っていた、大剣。俺は何も言えなくなって、ただ言葉を、息を詰まらせて、歯を食いしばって、それを、受け取った。重量だけではない重さが俺の肩にズシンとのしかかった、そんな気がした。
「誇りを忘れるな」
最期の、言葉だった。眠るように、息が止まった。俺は、立ち上がり、その大剣を両手で、自分の姿を遮るように持つ。夢を持て。英雄になりたければ夢を持つんだ。そして、誇りも。なぁ、あんたの言葉、まだ脳内再生余裕だよ。降り出した雨が体を冷たくしても、俺は叫ぶことも、その場から離れることもできなかった。