小さい頃、誰だって一度は触れたことのある、おとぎ話。女の子なら当然のようにお姫様に憧れ、王子様や英雄に助けられて恋に落ち、結ばれたいと、そう思ったんだろう。でも私は違った。悪を懲らしめる英雄の姿を頭に浮かべては目をキラキラさせていたのだ。そして、私もこんな風になりたい、そう思うようになった。大切な人に守られる、のではなく、私が、守る。そんな人間になれたら、どれだけ素敵だろうって、格好良いだろうって。

「おい、聞いたか?セフィロスの話」
「聞いた聞いた。資料室に籠りっきりで科学部門のこと調べてるらしいぜ…怖いよな」

別に聞き耳を立てているのではない。勝手に聞こえてしまう、上層部に関する噂話。ここ最近はソルジャー大量脱走事件や、ウータイ戦争の終結…これで少しは落ち着くかと思えば、お次はソルジャークラス1stであるアンジールとジェネシスの抹殺要請。終いには先日の神羅ビル襲撃…。神羅カンパニーは一体どうなってるの。まぁ私のような一般兵は噂話でしか知り得ない情報もある。どこまでが嘘で、本当なのか。分かったもんじゃない。…私はこの手の噂話に参加したことはないけれど、自分が話題の中心になることは何度かあった。一般兵に女がいる。私がこの神羅カンパニーに兵士として入った頃はその話題で数日持ちきりだった。中には面白がって直接、私に会いに来て、ヘルメットだけを奪い取り去って行くクソみたいな奴もいた。だから、任務以外では誰かと深く関わろうとすることはなかった。どうせ、女のくせに、と、そんな目を向ける奴らばかりだ。それなら文句を言われないように強くなればいい。誰よりも。

「元気、もらいにいこっかな」

そんな私にも、最近友達ができた。明るくて花みたいだけど、どこか繊細で、お姫様のような彼女の笑顔を思い出し、ついつい口元が緩む。任務も、やらなきゃいけないことも上層部が慌ただしいせいか、あまりないみたいだし、うん、行っちゃおう。そそくさと神羅ビルを出て、ヘルメットを外す。女の私が神羅兵の格好をしているのを見て、好奇心の目を向ける人がいないというわけではないけれど、それでも神羅ビルよりは息苦しさは感じなかった。早く、堂々と歩けるようになるんだ。頭の中に浮かべるだけで、今を頑張れるような気がしてくる。壱番街のホームへ向かい、伍番街スラムの教会へと急ぐ。と、突然、携帯電話の着信音が煩く鳴り響く。

「はい。名前です。え、今からですか?いえ…分かりました。すぐ戻ります」

電話を切った先の相手に聞こえて欲しい願いを込めて盛大に溜息をつく。来た道を戻りながら考えた。次、彼女に会えるのはいつになるかな。

**

「ったぁ…」

急に任務に呼ばれ、ヘリコプターに乗っている途中、私達が乗っているヘリはモンスターに襲撃され墜落した。…ついてない。雪がクッションになってくれたのか、想像以上に体に痛みは感じない。辺り一面は真っ白。後ろを振り返ると赤々と燃えあがるヘリだった物体が目に入った。一緒に燃えていたら…と考えるとゾッとして心臓を掴まれたような気分になる。目的地は、モデオヘイム。かつて魔晄炉の建設候補地に上げられ、魔晄採掘用の施設を中心に集落が築かれたが建設計画の中止により廃れてしまった村。なぜ今回私達がここに来たのかというと、採掘場跡にて不審な人影が目撃された、という情報が入ったからだという。

「立てるか?」

差しのべられた手の向こうに見えるのはソルジャークラス1st、ザックスの姿だった。辺りを見回すとタークスであるツォンさんと、もう一人の一般兵は既に立ち上がり体についた雪を払っている。出遅れたことに少し恥ずかしくなって、大丈夫、とだけ返し伸びた手を無視して直ぐに立ち上がると、距離が近くなったザックスの瞳は先程私に声をかけた時より幾分か輝いて見えるような気がする。

「こ、声!お前が噂の女兵か!?」

そう来ると思った。予想通りすぎる反応に呆れる。女、だから、何?文句は言わせないようにしっかり任務はこなしてやるからね。さっきより少し低めの声で、そうだけど、とだけ返すと、彼は私の右手を両手で乱雑に、でも痛くはない程度に力を込めて握り締めた。雪山の中で芯まで冷え切っていた私の手がザックスの体温で人の温度を取り戻す。この人の手、なんか熱い。その予想外の行動に対して驚いた私が顔を上げると、想像してたより近い位置にあるザックスの顔があって、後ずさりそうになる。

「ずっと会ってみたかったんだよな!よろしく!」
「え…あ、うん…」

思っていた反応と違っていて、言葉に詰まってしまう。女なのに凄いな、とか、女なのに大丈夫か?だとか、そんなことを言われると思っていたから。私の手を離す前にザックスは太陽のように笑った。…眩しい。

「電波が入らないようだ」

冷静にこの状況を飲み込んでいるツォンさんが携帯を触りながら言った。ま、みんな怪我もないんだから、なんとかなるだろ?と、楽観的に返すザックス。

「…さすがだ。不便な土地では頼りになる」
「どーせ田舎もんです」
「さて、落ちずに進んでいればモデオヘイム村に着いたはずだ。つまり、このまま進めば村がある」

よーし、俺についてこい!と先陣を切ったザックスを追うような形で歩みを進める。歩く度にキュ、と耳に響く雪が鳴く音。たまに現れるモンスターは雑魚と呼んでいいようなものばかりだ。ザックスをサポートするように立ち回る私。誰一人怪我することなく順調に山道を進んでいくことができた。

「お前等、なかなかやるな」

ザックスは私ともう一人の一般兵の間、真ん中へと割り込みそう告げた。さっきのこともあり彼にどう接したらいいか正解が分からない私は、どうも、とだけ返す。対してもう一人の一般兵は、俺も田舎の出なんだ、と話題を広げた。

「どこ?」
「…ニブルヘイム」

一般兵の言葉にザックスは腕を組んだまま大声で笑う。そんな彼に一般兵は、ザックスは?と問いかけた。その質問にザックスは、俺?ゴンガガ、とあっけらかんと答えてみせる。どちらも田舎だ、と私は心の中で少し笑った。一般兵はザックスの答えに口元へ手を当てて笑う。少しザックスへと体を背けながら。私は、その会話を聞いているだけ。

「あ、笑った。今笑ったな!知ってるのか?ゴンガガ!」
「いや、でも…すごく田舎らしい名前だ」
「ニブルヘイムだって」
「知らないくせに」
「行ったことはないけど魔晄炉があるんだろ?ミッドガル以外で魔晄炉があるところは大抵…」
「「他には何もない」」

今日出会ったとは思えない二人の息の合いっぷりに耐えきれなくなった私は、ふっ、と小さな笑い声を発してしまった。やばい、あまり関わりたくないのに、と咳払いをして誤魔化したが、ザックスにはしっかりと聞こえてしまったようで、少し不満そうな顔を私へと向け、笑ったな!お前はどこの出身なんだよ?と言いながら私に詰め寄った。面倒臭いけど、答えないと、もっと面倒臭そうだと判断した私は小声で、ミディール、とだけ返答した。

「ミ、ミディールか…温泉、あるとこだよな?」
「…そうだけど」
「負けた〜!魔晄炉より温泉の方がよっぽどいいよ!」
「何、勝負だったの?これ」

頭を抱えて何故か敗北を認めたザックス。…何かこの人、私が今まで出会ったソルジャーや神羅の人間とは違うかも。勝手に一人で盛り上がってるし、馴れ馴れしく口を聞いてくるけど、不思議と嫌な感じがしない。ひとしきり笑い終えた彼はツォンさんへと声をかける。

「喜べツォン!俺と〜…」

言葉を続けることを止めたザックスは私と、もう一人の一般兵の顔をチラチラと見た。あ、そう言えば、まだ名乗ってなかったな。私と一般兵はヘルメットを外し、それぞれに名乗った。クラウドと名乗った一般兵。…綺麗な髪の毛。恐らく私と歳は同じぐらいに見えるけれど、純粋な目をしている。うん、と頷いたザックスは改めてツォンさんの方へと声を張り上げた。

「俺とクラウドと名前がいれば辺境の地は怖いものなし!」

**

進んでも進んでも雪しか見えず途方に暮れそうになっていると、ようやく違った風景が顔を出した。きっとあれが採掘場。ツォンさんよりだいぶ前を歩いていた私達は、一旦足を止めてツォンさんの到着を待つことになった。すると、おもむろにクラウドが口を開く。

「ザックス、あのさ…その、ソルジャーってどんな感じなんだ?」
「質問の意味が分かんねぇぞ」
「うーん…」

ま、お前もなってみりゃ分かるよ、と何となくザックスらしい返事の後、クラウドは、なれるものならね…と肩を落とし俯いた。クラウドもソルジャーになりたいんだろうな、私と、同じ。でもこの様子だとクラウドはソルジャーになることを、ほぼ諦めているんだろう。覇気のないその姿に何だかイライラした。男に生まれただけで私より叶えられる確率は高いのに、詳しいことは知らないけど、後ろ向きになっているその姿に、憤りを感じてしまう。

「…諦めるの?」
「え?」

私に話しかけられると思っていなかったんだろうか、クラウドは驚いたように、その目をこちらへと向けた。…情けない表情。白くて、細くて、今にも消えてしまいそうな彼。英雄と言うより、どちらかというとお姫様だ。

「私もソルジャーになりたいの。諦めてなんかないよ。下、向いてる暇あったら強くなるために努力した方がいいんじゃない?」
「俺だって…!」

口論になりかけた私達の間にザックスが割り込んで、大丈夫、俺、簡単になれたし、と場を収めた。クラウド、かぁ。なんか、この人とは馬が合わなさそう。まぁ任務だけの付き合いだし、別にどう思われようが構わない。ヘルメットを外した雪の中、曝け出された顔に、容赦なく、びゅうびゅうと風は吹き続けている。

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