「…名前さん」
「出水くん、いけないわ」


節電の為に照明を幾つか落とした薄暗い食堂には、私たち以外に誰もいない。
空が僅かに明るく始めた暁。私の声と、出水くんの興奮に震えた声が響く。


「………アステローーあづぅ!!!」
「油に食べ物を投げ入れないの!!!!」


揚出しおもち


午前6時15分。
いつもの有り余る元気はどこへやら、覚束無い足取りで食堂へやってきた出水くんを見た時は、思わず手に持っていた菜箸を放り投げてしまう程に驚いた。
どうしたの?出水くんらしくないわよ、元気を出して。曲がった背中をゆるゆると撫でながら声を掛け続けると、出水くんは泣きそうな顔で「太刀川さんが死んじゃう」そう零したのだ。


「太刀川くんに何かあったの?」
「もう13時間も椅子に縛りつけられてて」
「…拉致?」
「風間さん」
「風間?」
「レポート終わらせるまで、動くなって」
「レポート」


はあああ、肺がぺたんこになる程大きく長いため息を吐いた出水くんが言うには。

昨日、17時。
作戦室で太刀川隊四名でテレビゲームをしていたら、般若の顔をした風間がやってきた。
般若はあれよあれよという間に太刀川くんを椅子に縛りつけ、出水くんは半泣きになりながらも恐怖で震える国近さんと唯我くんを作戦室から連れ出した。
そして出水くんは隊長を救うため、勇敢にも一人で作戦室に乗り込んだ。らしい。


「太刀川さん昨日の夜から飯食ってないって」
「うん」
「そしたら、風間さんが名前さんのとこ行けって」
「そう、頑張ったわね、お疲れ様出水くん」
「ん、」


おれ頑張ったよ…。ぺとりと机に額を押し付けて動かなくなった出水くんの癖のある髪を撫でる。
太刀川くんは幸せ者ね。自業自得なのに、手を焼いてくれる先輩と、心配してくれる部下がいて。


「出水くん、太刀川くんにご飯作ろう」
「ごはん?」
「うん、とびきり美味しいのを」


なんやかんやで後輩には激甘な風間の事だ。
13時間もお手伝いをしている出水くんを追い出してあげる口実に、太刀川くんの空腹を利用したのだろう。
そしてわざわざ私を指名した理由。
それは、13時間も頑張っている太刀川くんの為に、出水くんと飯を作れ。という事だろう。
だって風間は、菊地原くんが作ったご飯をそれはとても嬉しそうに食べていたから。

……本当に、後輩には甘い男だ。その優しさを少しだけ諏訪に向けてやることは出来ないのだろうか。


「揚出しお餅を作りましょう」
「…太刀川さんがすきなやつ」
「そうなの?それは奇遇ね」
「居酒屋行った時、太刀川さん絶対ソレ頼んでる」


あら、それはプレッシャーだわ。
まあでも大丈夫ね。だって可愛い部下が作るんだもの。愛情補正がたっぷりの揚出しお餅は居酒屋のより美味しいに決まってる。


「まずお餅を水に濡らします」
「揚げるのに?」
「濡らさないと片栗粉がつかないからね」


力うどん用の角持ちを袋からテキトーに出して、ザルに移す。軽く10個以上あるけど大丈夫、風間いるから余ることは無いでしょう。


「濡らしたお餅に片栗粉を塗して」
「いっぱいつけた方が美味い?」
「少ないよりはお出汁が染みて美味しいけど…多すぎるとデロデロになるから適量ね」
「テキリョー」


サランラップを敷いたまな板に、片栗粉をドバっと落とす。
お餅に片栗粉を塗すのは出水くんに任せて、業務用フライヤーの電源を入れる。業務用だから直ぐに温まるだろう。


「ふふ」
「名前さん、なんで笑うの」
「鼻に片栗粉が付いてる」
「え、まじ?!はっず!」


ぱふぱふ、手を真っ白にして、真っ白のお餅に真っ白の片栗粉を塗す出水くんのちゅんと尖った鼻先が、真っ白になっている。
エプロンの端でそれを拭って見せてやると、出水くんは恥ずかしそうに、でも楽しそうに笑った。
良かった、少しは元気になったみたい。


「名前さん、片栗粉つけたよ」
「なら揚げましょう」


フライヤーに手をかざし、じんわりとした熱気にひとつ頷く。よし、油もしっかり温まっている。
後はお餅を揚げて、お出汁に浸せばーー


「出水くん?」
「…うん、うん、分かってる」


油をボーッと眺めている出水くんに、首を傾げる。
もしかして怖いのかしら。業務用だし爆発したり飛び散ったりすることは無いから大丈夫なのだけど…ん?爆発したり、飛び散ったり…?


「…名前さん」
「出水くん、いけないわ」


もしかして、まさか。そんな予感が、的中する。
出水くんの両手に、全てのお餅が握られている。衝動を抑えられない、そんな顔をしている。
出水くんの両手が、僅かに上がる。
だめ、もう、間に合わない。


「………アステローーあづぅ!!!」
「油に食べ物を投げ入れないの!!!!」


ばちゃん!
両手に握られていたお餅が、フライヤーに投げ入れられる。
飛び散った油が出水くん腕に当たったのだろう。出水くんは腕を抑えて蹲ってしまった。


「出水くん!大丈夫?!」
「あちー、油まじこえー」


ああ良かった、数滴飛び散っただけな様で大きな火傷は一つもない。やっぱり戦闘員ね、さすがの反射神経だわ。


「名前さんは火傷してない?」
「ええ、大丈夫よ」
「でも名前さんの方にも油散らなかった?」
「気のせいよ、きちんと避けたわ」


ほら、どこも火傷してないでしょう?
掌や顔を出水くんに近付けて、無事である事を証明すると出水くんは安心したように一つ息を吐いた。


「もう二度としてはいけないわよ」
「うん、ごめんなさい」


出水くんの癖毛をひとつ撫でて、立ち上がる。お餅は勝手に揚がるから、後はお出汁を作るだけだ。
耐熱皿を3つ出して、あ、それと1つ丼皿。
そこに麺つゆを適量。少しだけお水で薄めたら、それを電子レンジに入れて温めて、はい完成。


「名前さんこれいつ上げたらいーの?」
「泡が少なくなってきたら揚げて」
「もー少ない」
「なら上げちゃって、気をつけてね」


火を通す必要がないお餅はすぐに揚がる。
とろりと柔らかくなったお餅を油切りにおいて、油が垂れなくなったら器によそって…


「揚出しお餅、完成」
「うまそー!」


とろとろに柔らかくなったお餅。カリカリに揚がった片栗粉がお出汁に浸って柔らかな狐色に染まる。
うん、美味しそう!


「出水くんは何個食べる?」
「3つ!」
「太刀川くんは?」
「4つ…やっぱ5個!」
「じゃあ残りは全部風間ね」


私の分が1つ。出水くんのお皿に3つ、太刀川くんのお皿に5つ、残りの7つは風間に。風間のだけ丼皿にして正解だった。


「冷めちゃう前に持っていっちゃって」
「名前さんはここで食うの?」
「まだ仕事中だし、レポート手伝いたくないから」
「ならおれもここで食お!」


太刀川さんと風間さんの分はチンしたらいーっしょ!
ニカリと笑う可愛い出水くんの頭をひとつ撫でて、ありがとうと私も笑う。


「風間さんがさ」
「うん」
「名前さんがちゃんと食ってるか、見て来いって」
「まあ」


後輩に甘い風間は、どうやらたまに同輩にも甘くなるらしい。
なにをそんなに心配してるのやら。目線の変わらない小さな同輩を思い出して、呆れるような、嬉しいような。


「心配ならあんたが見に来いって伝えておいて」
「あはは、分かった、伝えとく」


割り箸をお餅に刺して、とろりと裂く。
本当に美味しそう。美味しそうだから、1つじゃあ足りないかもしれない。


「あ、それ風間さんの」
「内緒よ、ふふ」


だから、風間の丼からお餅を一つ盗んだ。
内緒よ。と笑うと、どうしよっかな、と意地悪を言う出水くんは優しいから、きっと風間に私がお餅を盗んだことを伝えてくれるだろう。


「あー胃に染みる…」
「そうね、本当に美味しいわ」


柔らかく温かく、優しい。
咥えたお餅を伸ばして笑って、幸せだなぁ。なんて。そう思った。
揚出しお餅
お餅、好きなだけ
麺つゆ、適量
片栗粉、適量
水で濡らしたお餅に片栗粉を塗し油で揚げ
温めた麺つゆに浸す。お好みで刻み葱等


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