「イケナイ事、教えてよ」
「…イケナイ子ねぇ」


節電の為に照明を幾つか落とした薄暗い食堂には、私たち以外に誰もいない。
草木も眠る丑三つ時。私の声と、当真くんの甘く掠れた声が響く。


「体が温まるやつがいいな」
「ならうんと辛くしちゃいましょう」


坦々麺


勝手知ったる様子で厨房に入ってきた当真くんの手には、真っ黒のエプロンと、袋ラーメンが二つ。
味噌…豚骨ラーメンが好きな当真君が味噌ラーメンを持ってくるなんて珍しい。きっと冬島さんのストックを盗んできたのね。


「名前さん結んでー」
「はいはい、ラーメン何分茹でるやつ?」
「3分って書いてあったぜ」
「ならもうお湯沸かしちゃいましょう」
「もういーの?」


当真くんの背後に回って、蝶々を一つ結って細い腰をキュッと締めつける。
この真っ黒のエプロンは、週一頻度で私とイケナイ事をする当真くんが「料理と言ったらエプロンだろ?」と、わざわざ実費で購入した物だ。あまりにも似合っていたので、ちゃんと家に帰りなさいと言うより先に素敵ね!と褒めてしまったのはもう二ヶ月も前のこと。忘れたい過去である。


「3分もかからないから」
「流石名前さん」


乾麺を茹でる用の鍋とフライパンを当真くんに渡して、奥の冷蔵庫に材料を取りに行く。
ハンバーグを作った時に余った冷凍のひき肉、解凍は面倒だしこのままで。野菜はネギだけでいいか。後はチューブのにんにくとラー油とごま油とめんつゆと、豆乳。


「あ、俺何作るか分かっちゃった」
「流石、毎週やって来る不良少年違うわね」
「煙草も吸わねぇいい子よ?俺」
「なら本部に泊まってばかりじゃなくて家にも帰りなさい」


名前さんとお料理するのが俺の生き甲斐なのに、他の男と比べるなんて酷い女だぜ。見た目の割に随分小さい男なのね。ツレねぇなあ。
見た目は随分と大人びている彼も、年上の女を口説くのは下手くそな子供だ。


「フライパンにごま油をひいてにんにくとひき肉をドーンよ」
「ひき肉をドーン」
「ひき肉に色がついたら豆乳を200mlドーン」
「色がついたら200mlどーん」


じゅうじゅうと肉が焼ける匂いが胃袋を刺激する。
当真くんたら自分が太らないからって私の分までラーメン持ってきてくれちゃって。最近ちょっと太ってきたし木崎か風間にダイエットメニューでも組んで貰おうかしら…スパルタそうだからやっぱりやめよう。
後輩には甘いが同輩には遠慮のない大筋肉と小筋肉を思い出して苦笑いをする。うん、ちょっと太ったけれど雷蔵よりはマシよね。


「名前さん豆乳入れたぜ」
「なら弱火にして、めんつゆを大匙1ね」
「あーい」


沸騰したお湯に乾麺を二つ入れて、タイマーを3回叩いてスタートボタンを押す。
さて、茹で上がるまでの間にネギを…炒めるの面倒ね、生で行こう。


「長ネギどう切る?」
「白髪ネギにしましょう」
「なにそれ、どーやんの?」
「まずは葱をブツ切り。2つね」
「ブツ切りを2つ」


とんとん、当真くんの大きな手は、見かけによらず優しい動きをする。狙撃手だから指先の怪我には気をつけているのかも知れない。
5cm程の長さで切られたネギを一つ受け取って、縦に切れ目を入れたら中の芯を取り出して広げる作業を何回か繰り返し、剥いたネギを一つに重ねる。


「これを細く切るの」
「肉そばの上に乗ってるやつ」
「そうね。これを白髪ネギと言います。生で食べれるけど少し辛いから絡み取りをしなきゃ」
「茹で終わるまでに出来んの?」
「時短でやるわ」


当真くんに細く切られた2つ分の白髪ネギを耐熱皿に移して、ネギが浸るくらいの水と、少しの塩。ラップをせずに電子レンジで40秒ほどチンをする。


「チンしてしなしなになんねーの?」
「当真くん、氷を持ってきて」
「おー?」


当真くんが氷を持ってきてくれている間に、豆乳の縁が沸騰し始めたフライパンの火を消して、ラーメン丼を2つ取り出す。
タイマーは残り20秒。電子レンジは残り5秒。良かった、間に合った。


「名前さん氷もってきたぜ」
「白髪ネギを氷と冷水で冷まして」
「へーい」


一度湯通しした葉物は、氷水に浸けるとシャキシャキに戻る。体が温まる物を作ってる最中に手を凍えさせるなんて本末転倒な気がするが、それで美味しいご飯が食べられるのなら私はまあいっか!と思うタイプだ。
ラーメン丼に付属の液体スープ、そしてラー油を好きなだけ入れて、麺が茹で終わるのを待つ。


「よん、さん、に、いち」


ぴぴぴ
静かな食堂に響き渡る高い電子音を素早く止めて、茹で上がった麺をザルに流し込む。


「名前さん俺の手感覚ない」
「キッチンペーパーでネギの水気をとってくれる?」
「心配くらいしてくれてもいいんじゃねーの?」
「ひゃっ」


ぴとり、首筋に当てられた冷たい指に飛び跳ねる。
あらぁ、可愛い声ねぇ。とによによ笑う当真くんのお腹を軽く叩いて、ついでに足も踏んでおいた。


「いてーなあ」
「悪餓鬼は成敗よ」
「心配してくれねえ名前さんが悪い」
「はいはい」


悪餓鬼をしっしっ!と追っ払って、お湯を切った麺をラーメン丼に分ける。当真くんのを少し多めにして、仕返しにラー油も足してやろう。


「ネギの水切ったぜ」
「ナイスタイミングね、フライパンの中身を丼に流してくれる?」
「手がかじかんでてフライパン持てねーな。名前さんあっためて」
「馬鹿言ってないで早くうつして」


悪餓鬼の冷たい手を引いて、フライパンの取っ手を握らせる。しっかり水分が抜けた白髪ネギ。あんなに手が冷えるまで冷やしてくれたんだから、きっとシャキシャキだろう。


「いれた」
「よし、少し混ぜて、最後に白髪ネギを乗せて…」


即席坦々麺、完成。
厨房の奥からパイプ椅子と箸を二つ持ってきて、隣に並んで手を合わせる。


「「いただきます」」


歯ごたえのあるひき肉、食欲を煽るにんにく、豆乳のマイルドさの中に、コクのある味噌とピリリと舌を刺激するラー油。白髪ネギもシャキシャキで美味しい。


「美味しい!」
「美味いけどなんか俺の辛くね?」
「気のせいよ」


麺は安っぽい食感だけど、別にいい。こんな時間に食べるこの体に悪そうな坦々麺、最っ高。


「あのさー名前さん」
「なあに?」
「俺、弟子とろうかなーって思ってんの」
「へえ?」


意外だ。訓練なんて楽しくねぇ事やってられっかよ、と昼寝しているこの子が。隊を組むことさえ面倒だと昼寝していたこの子が。その癖に天才なもんだから一部から僻まれてしまい群れる事を好まず昼寝ばかりしているこの子が。弟子をとるなんて。


「結構気難しいヤツでさ、思春期っての?そんな感じのやつ。元々師匠が居たんだけど、どっか遊びに行っちゃってんだよ、その師匠」
「遊びにいっちゃったのね」
「その師匠と俺、多分友達ってヤツ」
「そう」


麺を啜る為に黙ってしまった当真くんの横顔は、いつも通り飄々とした顔をしている。作り笑いが上手なあの子と、感情を隠すのが上手なこの子は、どこか同年代の子達と浮いていて。けれどもそれを大人に見抜かれてしまうくらいには、2人は子供だった。


「ていうのをさ、聞いて欲しかっただけ」
「そう、頑張ってね、当真師匠」
「名前さんに師匠って言われんの悪くねぇな」
「はいはい」


立っている時は手が届かない距離にある彼の頭を、ぽんと緩く叩く。エプロンの紐すら結べない子供は、美味しいご飯食べて、しっかり寝て、余計なことは考えずに笑っていればいいのよ。


「美味しいね、当真くん」
「やっぱり俺のちょっと辛くね?」


来週は、気難しい弟子の話を聞かせてね。
即席坦々麺(1人分)
・味噌ラーメン
・にんにく、ラー油、野菜、お好み
・ひき肉、テキトー
・めんつゆ、大匙2分の1
・豆乳、100ml
・ごま油(炒め用)
@ごま油でひき肉とにんにくを炒め
豆乳とめんつゆを入れ少し煮る。
付属の液体スープにラー油を混ぜて
茹でた麺と@を混ぜ合わせて完成


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