「…涙が止まらないんだけど」
「そんな時もあるわね」


節電の為に照明を幾つか落とした薄暗い食堂には、私たち以外に誰もいない。
そろそろ日付も変わる23時40分。私の声と、菊地原くんの涙に掠れた声が響く。


「よそ見してたら怪我するわよ」
「もう、目が痛いんだけど!」


ロコモコ丼


「玉ねぎなんだから痛くもなるわよ」
「なんでぼくがこんな思いしなきゃいけないの」
「風間の為なんでしょう」
「…ぼくもお腹が減ってるの」
「なら文句言わないの」


ぶうぶう、文句を浴びながら覚束無い手つきで刻まれていく玉ねぎ。大きさも形もめちゃくちゃな微塵切りだ。まあこれを食べる人はそんな事絶対に気にしないから、別に良い。


「切ったよ」
「じゃあラップして800wで40秒くらいチンしてね」
「燃えないの?」
「燃えたら面白いわね」


くすくす笑うと菊地原くんは口を尖らせて本格的に拗ねてしまった。
あらま、口だけじゃなくて本当に拗ねちゃった。早く他のことに気をそらさなくちゃ。


「菊地原くん、そこの計量カップでね、パン粉を100の数字のところまでいれて」
「…いれたけど」
「じゃあボウルにいれて、はい。次はこれね」


ざざ、ステンレスのボウルにパン粉が落ちる。
菊地原くんの手から空になった計量カップを奪い取って、パックに入ったままの合い挽き肉を押し付けた。


「お肉、200gボウルに入れて」
「…計量器は?」
「『大体このくらい』いいのよ。それが350gだから、3分の2入れたら大体200gでしょ」
「ガサツ」
「何か言った?」
「別に」


菊地原くんがパン粉が入ったボウルに『大体200g』の合い挽き肉を入れている間に、大きな冷蔵庫を漁って調味料を取り出す。
卵、牛乳、コショウに、マヨネーズ。そして、味噌。


「さ、ガンガン入れてくよ」
「味噌なんていれるの?」
「これが大事なのよ、はい、卵割って」


計量スプーンを用意している間に菊地原くんに卵を割ってもらう。
あら、微塵切りは酷い有様だったけど、卵は上手に割れるのね。そう思ったけど口には出さない。出したら拗ねて帰っちゃうからね。


「牛乳大匙2」
「おおさじに…」
「味噌とマヨネーズを大匙1」
「…本当にいるの?味噌なんて」
「大丈夫よ、信じて」


納得できませんを全面に出しながら味噌とマヨネーズを睨む菊地原くんの横で、チンした玉ねぎとコショウをボウルに入れる。
味噌とマヨネーズがあるからコショウは少なめに。塩入れない。さあ、全部材料が入ったところで手袋を嵌めて、と


「気持ち悪いんだけど」
「手袋してるんだから大丈夫でしょう?」
「音が無理なの」


ねっちねっち、ボウルの中の材料が菊地原くんの手によって捏ねられ混ぜ合わされ少し白くなっていく。
この粘着質な音は菊地原くんには辛いのね。とても楽しそうだけど、そういう事にしといてあげるわ。


「ねえ、これでいいの」
「いいよ。丸くしよう」


ボウルの中でしっかりと混ぜ合わされたそれをがしりと掴んで、まぁるくしていく。
菊地原くんって身長は私と大して変わらないけどやっぱり男の子なのね。私より一回りくらい手が大きい。


「空気を抜くのは知ってる?」
「うん。なんでかは知らないけど」
「爆発するのよ」
「…そうなんだ」


ぱんぱん、まぁるくなったタネを右手から左手に、左手から右手に投げて空気を抜く。
あーあー、菊地原くん、そんなに強く投げなくていいのに。折角綺麗に丸くしたのにぐちゃぐちゃになってるじゃない。
ボウルの中身を2人で全て丸くして、空気を抜いて、出来上がったタネは合計5つ。
小さめの丸が2つと、少し歪な大きい丸が3つ。この特に歪なのは風間の分にしよう。


「じゃ、焼きますか」
「やっとだね」
「ここまで来たらもうすぐに出来るわよ」


油を引いたフライパンに5つの丸を並べて、フライ返して少し押す。
一瞬で焼き色が着くので直ぐに裏返して、反対側もフライ返しで少し押す。


「お水入れて」
「なんで?」
「早く出来るし生焼けの心配がなくなるの」
「ふぅん」


コップ半分くらいのお水を入れたら油がぴんぴんと跳ねたので投げるように蓋をして息を吐く。何年経っても油は怖い。天ぷらとか本当に苦手なのよね…。


「さ、菊地原くんは目玉焼き作ってね」
「うん」


菊地原くんが目玉焼きを作っている間に、大きな鍋に対して一人分しか入ってないカレーを温め直す。
今日はよくカレーが注文されたなあ、カレーって一度食べたいと思ったら他の物食べられないのよね。
カレーを温めながら菊地原くんをちらりと見る。偉い、きちんと弱火で焼いてる。強火だと卵はすぐ焦げちゃうからね。


「菊地原くん、ハンバーグにお箸刺して焼けてるか見て」
「あつっ」
「油はね注意よ」
「言うのが遅い!焼けてる!」


じゅうじゅう、お水も蒸発してフライパンの中は柔らいハンバーグが並んでいるだけ。
両面をフライ返しで押し付けて少し焦げ目をつければ、完成だ。


「菊地原くん、丼にご飯よそってきて」
「うん」


ハンバーグも焼けた。カレーも温まった。目玉焼きも凄く美味しそう。後はこれをご飯の上に盛り付けるだけ、って


「3つ?」
「あんたの分」
「私も食べていいの?」
「…ぼくがなんの為に3つ作ったと思ってんの」


ん、と渡されたお盆には、特大サイズの丼が1つ、並サイズの丼が2つ。
そうか、菊地原くんが作った歪なハンバーグ、2つは風間の、1つは私のだったのね。
拗ねないで、とっても嬉しいよ。ありがとう。


「ご飯の上にハンバーグを乗せて、その上にカレーをかけて」
「目玉焼きはこの上でいいの」
「うん」


ぷるぷる、半熟の黄身が美味しそうな目玉焼きが震えながら丼の上に乗せられる。
ふふふ、菊地原くん真剣になりすぎて口が尖ってるよ。言ったら拗ねちゃうから言わないけど。


「カレーロコモコの完成」
「……美味しそう」
「お腹減ってきたわね」


こんな夜中にハンバーグとカレーと目玉焼きが乗った丼を食べるなんて。考えただけで恐ろしい。けど、とっても美味しそう。


23時30分。作戦室でうっかり居眠りしてしまったらしい菊地原くんがやってきた。
まだ仕事してる風間さんのカレーも作って。そう言われたけれど、残念ながら今日はカレーが一人分しか残ってない。それ伝えると菊地原くんは物凄く困った顔をした。
風間は大食感だ。風間の一人分は常人の三人分の量がある。菊地原くんは勿論それを知っている。
一人分で風間を満足させるのは不可能…それならば、手を加えて量を増やせばいいじゃない。
風間の為にご飯作らない?そう言うと菊地原くんは二つ返事で厨房に入ってきた。可愛い子だ


「冷めないうちに持ってっちゃいなさい」
「…あんたは?」
「ん?」
「ここで一人で食べる気?」
「まあ一応仕事中だからね」
「…それ、食べないで待っててよ」


特大サイズの丼と並サイズの丼が乗ったお盆をテーブルに置いて、菊地原くんが走り出す。
もしかして、私が一人で食べるのを気にして、風間をここに連れてくるのだろうか。
あの子は、食堂はうるさいから嫌いだといつも作戦室でご飯を食べるのに。


「優しい子」


菊地原くんが作った歪なハンバーグ。2つは風間の丼に、もうひとつは、私の丼に乗せられている。
材料も手順もいつもとなにも変わらないけど、背徳感と罪悪感と優しさのハンバーグは、きっといつもより美味しいだろう。そう思って、笑った。
ハンバーグ(2人分)
・合い挽き肉、大体200g
・玉ねぎ微塵切り。半個くらい
(半透明になるまでレンチン)
・パン粉、2分の1カップ
・牛乳、大匙2・マヨネーズ、味噌、大匙1
・コショウ、無くても良い
材料を全て混ぜて丸く形どったら
両面を軽く焼き、水を入れて蒸し焼き


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