「これが、みかんジュースがある自販機」
「ほう」
「あっちの自販機はコーヒーが沢山ある。ぬくいのも含めたら14種類」
「それは凄いですな」
「あっこのエレベーターの自販機がーー」

「なんで自販機の案内しかしないんすか」


B級作戦室フロアはとても広い。故に自販機が3つもある。
三門みかんを使った ご当地みかんジュースが置いてある自販機。東さんと諏訪さんが「年を感じる瞬間ランキングベスト3」を定期的に発表している喫煙所の前の自販機。そして、三輪にジュースを奢ってやったエレベーター前の自販機には、オロナミンCが置いてあるのだ。
オロナミンCだぞ、オロナミンC。
元気がない時はオロナミンC、この事実は日本人の心の奥底に根付いていると言っても過言ではない。生きて行く為に必要な知識、基本の基だ。帰国子女の遊真にそれを教えてやらんといけんだろうが。


「なまえちゃんはみかんジュースが好きなのか?」
「好きだよ。出水が毎日飽きもせずに飲んでるオレンジ色の砂糖水くらいの認識だけど好き」
「それ多分好きって言わないですよね」


さっきからこの黒い毛玉が ああ言えばこう言ってくるので中々案内が進まない。文句しか言わないのに何故京介は私と遊真に着いてきたのだろうか。私はこの可愛い毛玉(白い方)に色々教えてあげたいだけなのに。邪魔をするなら帰れよ毛玉(黒)。


「遊真は何のジュースが好き?」
「基本的になんでも好きだぞ。でも温かいのが好きですな」
「ああ、お汁粉飲んでたね」
「こーんすーぷ、ハチミツを入れたほっとみるく、後は迅さんがこの前作ってくれた黒くて甘いのも好きだ」
「黒い飲み物?」


黒くて甘くてぬくい飲み物ってなんだ。
コーヒー…は苦いし、甘くするなら茶色になる。コーラを温めたのか?いや、迅悠一が初対面の女子高生のお尻を触るようなぶっ飛んだヤツだとしても、コーラを温めるなんて事はしないだろう。日本ではコーラを温めて人に渡す行為は四捨五入して犯罪だ。
黒くて甘くてぬくい飲み物……あっ!


「漢方薬を砂糖で煮詰めたとか?」
「あんた思考回路どうなってんすか」


さっきからなんなんだテメェは。喧嘩売ってんなら高値で買うぞこの野郎。
じゃあ京介は 黒くて甘くてぬくい飲み物の正体がわかるんですかー、もし違ったらそこの自販機でオレンジ色の砂糖水奢れよな。
グッと京介に近付いてぎろりと睨むと、じゃあ正解したらそこの自販機で出水先輩が毎日飽きもせずに飲んでる砂糖水奢ってくださいね。と鼻で笑われた。なんやかんや言いながらお前もオレンジ色の砂糖水飲むんじゃねぇか。


「正解は」
「正解は?」
「ココアです」


ここあ。ココア?
確かに甘くてぬくいけど、黒ではないだろ。あれは誰がどう見たって茶色だ。もしココアを黒色に分類してしまったら、茶色界隈で最強と呼ばれている麦茶は一体何色になるんだ。


「ココアなわけないじゃん」
「あ、それだぞ。ここあ だ」
「ココアなのかよ!」


ココア茶色じゃん!全然黒じゃないじゃん!そう喚きたい衝動を、手を握りしめてなんとか抑える。
私の可愛い後輩(白)が黒くて甘くてぬくい飲み物はココアだと言っているのだ。ココアは黒い…ココアは黒い、黒色の代名詞は今日からココア。よし。


「なまえ先輩、ゴチになります」
「くそぅ」


ちゃりん、自販機の挿入口に500円玉を入れて、悔し涙を服の袖でゴシゴシと拭う。京介が取り出し口から出したのはオレンジジュースではなくブラックコーヒーだった。なんでだよ。
遊真も何か飲みな。と手招きすると、お礼を言いながら とてとてとやってきてコーンスープのボタンを押していた。ココアじゃないんかい。


「なまえちゃんと とりまる先輩は仲良しなんだな」
「どこをどう見てそう思った?」
「ああ、仲良しだ」
「なんかごめん。ちょー仲良しだよ」


がこん、挿入口に落ちてきた麦茶を拾う。これは私の。あったか〜い麦茶はなかったので冷た〜い麦茶だ。ラベルがない所でタプタプと揺れて見える麦茶はやっぱり茶色だった。


「仲良しじゃないのか?」
「仲良しだよ。友達」
「友達ではないです」
「お前ほんとふざけんなよ」


お前の方がデカいしモサッとしてるけど私の方が先輩なんだぞ。少しは気を使え。
京介は協調性と順応力を一体どこに捨ててきたのだろうか。そのモサモサ頭の中には何が詰まっているんだ。魅力か?


「じゃあ友達になってくれますか?」
「いいよ。なんて呼べばいい?」
「京介でいいです」
「オーケー京介。私の事はなまえ先輩でいいよ」
「わかりました、なまえ先輩」


私は一度会話した事ある人間を友達と呼ぶタイプの人間だけど、京介はそうではないらしい。ふざけてんのかと思ったが、上下関係を大事にしているだけだったようだ。しっかりした良い子じゃないか京介。
後輩から友達になった京介に右手を差し出す。よろしくの握手だ。ついでに左手で遊真と握手しとこう。


「そういえば、お前なんでとりまるなの?」
「名字が烏丸だからです」
「ほうほう。で、なんでとりまる?」
「カラスって感じが鳥に似てるでしょ」
「カラスの漢字がわからん」
「…これです」


握手していた手が離れて、京介の指先が私の掌をついついと走る。多分 カラスって漢字を掌に書いてくれているのだろうが、私は漢字は苦手だし、反対文字なのでさっぱりわからん。それを伝えると京介は小さくため息を吐いてから、私の後ろに回ってきた。
京介の腕が後ろから伸びてきて私の掌を掴む。私の向きで書いてくれるのか、優しい奴だな京介は。


「ぴっ、すー、しゅーかくしゃっしゃっ、かっくん、てんてんてんてん。で 烏です」
「すっげぇ分かりやすい」


成程、カラスはトリより しゃっ が一本少ないのか。確かにこれはトリに見える。納得だ。
後ろを振り返って素直にありがとうを伝える。京介が結構近くにいたので首元しか見えなかった。顔を見ようと見上げると、なんだか妙に既視感があるような気がする。なんだこれ。


「…なんですか」
「いや、なんか…」


なんだろう、この"知っている"感じ。なんか安心するというか、肩の力が抜けるというか、うーん。


「見つめないで貰えますか、照れます」
「表情筋動かしてから言ってくれる?」
「とりまる先輩、嘘は言ってないぞ」
「まじで?表情筋死んでんの?」


照れてる割には無表情すぎない?と遊真に聞くと、遊真は何も言わず悪戯っ子のような顔で笑うだけだった。かわいっ!


「なまえ先輩は俺の初恋の人なんで」
「まじか」
「これは嘘だぞ」
「嘘です」
「嘘かい」


なんでそんな意味の無い嘘をつくんだ。暇なのか。だから今も遊真と私の本部デートに着いてきたのか。
…というか遊真はさっきからなんで嘘発見器みたいな事をしているんだろう。そういえば前会った時、遊真に嘘をついたら殺されてしまうような気がしたが、それも関係があるのだろうか。


「初恋の人では無いですけど、好きな人です」
「まじか」
「嘘です」
「嘘だぞ」
「お前いつか女に刺されるぞ」


愛と憎しみは紙一重、京介は一度この言葉をネットで検索してみるといい。京介がどれだけイケメンだとしても、人の気持ちを弄ぶのは決して許されない事だ。因みにそれ以外なら大体許される。世界はイケメンにとても優しい。


「まあいいや、私には関係ないし」
「なんでそんな酷い事言うんすか」
「お前が誰かに殺されたとしても、私はお前の仇を打つ事くらいしかしねぇよ」
「結構してくれますね」


さあ、気を取り直して 次はA級フロアの自販機でも案内するか。
握手したままだった遊真の手を離して、A級フロアに上がるエレベーターへ向かう。

何故、京介を見上げると安心したのだろうか。その答えは見つからないまま、私はエレベーターへと乗り込んだ。


嘘の嘘


マエ モドル ツギ

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