「座れねーなあ。揺れるし掴んでていーよ」
「…どーも」


がたんがたん。下校時間ということもありバスの中は同じ制服を着た人間達で溢れかえっている。
徒歩圏内の私が何故乗り慣れていないバスに乗って、大して仲良くないクラスメイトの腕を掴んでいるのか。
そうだな、10分前に時間を戻してみようではないか。


「よっしゃ行くぞー!」
「ぐ、」


放課後、荷物を纏めてコートを羽織る。隣の席の米屋にまた明日。と挨拶をしようと口を開いた瞬間だった。
どこからともなく現れた出水にラリアットよろしく拉致されたのだ。
米屋の爆笑する声。オサノのスマホからシャッター音。仲良いなー!と見当違いな事を言っていたヒカリ。突然の拉致は色んな人に目撃されたが、誰も助けてはくれなかった。この世で一番の重罪は見て見ぬふりだ。それを知る人間は、悲しきかな、とても少ない。


「ちょ、いずみ」
「お、バスすぐ来るじゃん、ラッキー」
「話聞かないタイプか」


靴もきちんと履けていないのに。出水にラリアットをキメられたままバスを待つ列の最後尾に並ぶ。出水の言う通りバスはすぐ来た。パニックだったから時間を忘れていたとかではなくて本当にすぐ来た。
ずるずると引き摺られながらバスに乗る。下校時間、最後尾だった事もあり座席はひとつも空いていない。出入口の近くに並んで立って、転けてしまわないように出水の腕を掴む。

…振り返ってみたけど全然わからん。何が起きてこうなったんか全く分からん。


「因みにこのバスはどちらへ?」
「商店街とかでいい?」
「何しに行くの?」
「ノートのお礼するって言ったじゃん?」


話聞いてなかったん?呆れたような顔で見下ろされる。
うん、確かにお礼しなきゃなー。とは言ってたね。ジュース奢りとかそんなんだと思ってた。まさか突然ラリアットで拉致されてバスに乗せられるとは思ってなかったの。


「商店街で何するの?」
「飯でもいいし、欲しいものがあるならプレゼントさせて頂きますよ」
「ほう」


昼休憩、ヒカリに用事があって二年の階に来ていた影浦先輩とゾエに何故か大量のお菓子を貰ったのでお腹は空いていない。なんならお腹はパンパンだ。
けれど欲しいものも特にない。ボーダーと学校の行き来ばかりで商店街の方にも暫く行っていないから今何のお店があるのかも分からない。うーん、困った。


「そんな難しい顔しなくて大丈夫だって」
「あ、顔に出てた?」
「歩きながら気になる店に入ればいーじゃん?」
「………」


お礼なんだから幾らでも付き合いますよ。ヘラリと笑いながら見下ろされる。なんだコイツ、


「お、着いた。降りよ」
「………」
「あ、靴紐解けてるじゃん」
「………」


パンパンと、人混みのせいで少しだけ乱れたコートの裾を直されてバスを降りる。なんだコイツ
ラリアットのせいで靴紐がゆるりと絡まっているだけの靴。結び直そうとしたら出水がしゅぱぱぱ!と目にも止まらぬ速さで結んでくれた。めちゃくちゃ速かったのに寸分違わぬ綺麗な蝶々だ。器用すぎて引く。なんだコイツ


「気になる店あったら遠慮なく言って」
「………」
「あ、あの店とか女子好きそう。入る?」
「…うん」
「おれもなんか買おうかな〜」
「………」


出水が開けてくれたドア。からん、と安っぽい音のベルが私達を出迎える。女子らしいというより、場所を選ばず使えそうな文房具と少しのアクセサリーが綺麗に整列されたシンプルなお店。うん、凄く好み。


「名字さんこれとか可愛いよ」
「………」
「あ、ほら。似合うじゃん?」
「………」
「女の子って前髪で印象変わるよなー」
「………」
「あ、これとかは?絶対似合うよ」


ぱちん、前髪が少しだけ重くなる。どデカいパイナップルが私の前髪を固めている。何故パイナップルなんだ、何故こんなにデカいんだ。これが似合うってどういうことだ。いや、そんな事よりも


「やっぱ似合」
「最高の彼氏か!!!!」


突然の私の叫びに驚いた出水の体がギシリと固まる。
なんなんだよてめぇは。バスの中で腕掴んでいいよ?幾らでも付き合いますよ?コートの裾を直す?靴紐を結ぶ?明らかに女性向けの店に「おれも何か買おうかなー」と気を使わせない優しさ。ドアを開ける?似合う可愛いと褒め称える?
どう考えても最高の彼氏じゃねえかふざけんな!!


「どしたの名字さん」
「私は、出会い頭に関節技をキメてくるような幼なじみがいます。因みに男三人兄弟の真ん中っ子」
「うん」
「中指を何度も折られそうになりました、女性だと思われていません」
「うん」
「こんな優しさに慣れてないからやめて!!」


うわあ!と両手で顔を覆う。衝撃でどデカいパイナップルがぐわんと揺れたが落ちなかった。ふざけたセンスだけど意外と挟む力は強いらしい。需要がありそう。
なんかごめんな?おれ姉ちゃんいるから。と出水が背中をぽんぽん叩いてくる。辻の事を馬鹿にしてるけれど私だって男に慣れてるわけじゃないんだ。そこら辺きちんと考えろよ優男。


「荒ぶってごめん、パイナップルはいらん」
「似合ってんのに?可愛いよ」
「そういうのやめろ」


ドデカパイナップルを外して出水に渡す。出水はすごく楽しそうにニヨニヨしていた。あ、いぬがよくする顔だ。こいつ面白がってんな。


「名字さんこれは?」
「どんなセンスだよ」


はい、と掌に置かれたのは、やたらとお腹がぽてっとしている恐竜のヘアピン、トリケラトプスなのに何故かピンク。意味わからん。


「名字さん恐竜のものばっか持ってるじゃん」
「、まあ」
「好きなんじゃねーの?」
「…好きなわけじゃないけど」
「けど?」
「………」


幼なじみが好きだから、見つけると買っちゃう。
なんだか小っ恥ずかしくて、俯いて小さく零す。私は別に恐竜は好きじゃない。寧ろ嫌いだ。辻の部屋に入ると絶対に足の裏に刺さって痛いから嫌いだ。
でも目に入れば買っちゃうのだ。これ好きそう、なんて思いながら買っちゃうのだ。でもそれを辻にあげたことは無い。理由?小っ恥ずかしいからに決まってんだろ。


「ぶふっ」
「笑わないで」
「買っちゃうけど、渡せなくて自分で使うんだ」


さっきまでの優男出水は幻覚だったのだろうか。へー、幼なじみの事あんなに悪く言っといて?幼なじみが恐竜すきだから?つい買っちゃうの?可愛いとこあるじゃん?ニヨニヨニヨニヨ、楽しそうな顔でベラベラ喋っている。ぶん殴りたい、鼻の辺りをぶん殴りたい。


「出水」
「ぶふふ、怒んなって」


ぽんぽん、割と強く頭を叩かれる。さっきまでの優男はどこに行った。結構痛い。文句でも言ってやろうと思ったのに、出水は待ってて。とどこかに行ってしまった。吐き出されなかった不満が消化されずモヤモヤする。


「お待たせ」
「え、買ったん?」


戻ってきた出水の手に掌サイズの包装紙。恐らく、いや絶対に、ピンクのトリケラトプスが入ってる。


「ノートのお礼」
「なんで」
「応援の気持ち」

いつか渡せたらいいな。

どうぞ、と掌に載せられた包装紙。淡い黄色の包装紙に赤いリボンが可愛い。なんとなく出水っぽい。出水に赤いリボンは似合うそう。


「…もうあの恐竜達は私のだし」
「んじゃ、これから買う恐竜は、渡せたらいいな」


ぽんぽん、今度は優しく頭を叩かれて、何も言えなくなってしまった。恥ずかしいけど、少しだけ嬉しくて変な気分だ。


「おれコロッケ食べたい」
「どこで?」
「肉屋のコロッケ、美味いよ」


からん、出水が開けてくれたドアから安っぽいベルの音がする。肉屋のコロッケか。すごく美味しそうじゃないか。さっきまでお腹パンパンだったのに想像したらお腹が減ってきた。早く食べたい。
少しだけ先を歩く出水の癖毛に、包装紙についてた赤いリボンをバレないように放り投げる。癖毛だから綺麗に絡まった。

んふふ、やっぱり似合う。気付いたら怒られるかな。その時は沢山揶揄われたお礼だとニヨニヨしてやろう。


着けたまま帰った


マエ モドル ツギ

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