月曜日。迅悠一に『水曜日は本部にいてくれ』と言われた。
水曜日。学校終わり、馬鹿正直に本部に居ること、二時間


「………なんっも起きねぇ」


そう、なんにも起きない。二時間、なんにも起きないのである。私は迅悠一にドタキャンされたのだ。人生初めて未来にドタキャンされました。そんな事有り得る?未来って勝手にやってくるもんだと思ってた。


「当たり前って当たり前じゃねぇんだなぁ…」
「悟り開いちゃってる?」
「当たり前に感謝しなきゃなぁ」
「話全く聞かないタイプじゃん」
「そういう日もあんだろ、放っとけ放っとけ」


ラウンジのソファで、ぐでっとしながら真上に設置された照明を眺める。目がチカチカしてきた。そりゃそうだ、こんなに広いラウンジを照らす照明だ。さぞかし強いだろう、光とかパワーとか生命力とか。
技術勉強しとけば良かった。ワットとかボルトとか言うんだっけ。全然わからん。そもそも技術なん?


「おーい名字さん」
「んあ?」
「あ、やっとこっち見た」


声が聞こえた方。私が座る位置から真正面のソファに目を向ける。
そこには、よっ、と緩く片手を振るクラスメイト、出水公平と


「太刀川慶」
「声掛けたのおれなんだけどなー?」
「おー、フルネームで呼ばれるのはちょっと照れるな」


ボーダーで手に入る全ての一位を欲しいままにしている男、太刀川慶がいた。
フルネームが照れるってどういう事だ。照れるって言った癖に顔の数値が全く変わらん。ちょっと怖い。


「すいません。芸能人を見た気分でついフルネームで呼んじゃいました」
「名字さん、おれ見えてる?」
「好きに呼んでいーぞ、あ、慶くんとかはやめろよ恥ずかしいから」
「分かりました慶くん」
「こら」
「無視が凄くない?」


え、おれ今カメレオンしちゃってんのかなあ。出水がぺそぺそ床を蹴り出してしまったので太刀川さんとの初めましての挨拶を切り上げて出水に声をかける。


「おかえり、出水」
「…ただいま」
「数学のノート、ちゃんと録ってるよ」
「お、サンキュー!!助かる!!」


明日学校来る?行く行く。なら明日渡すね。お礼しなきゃな、何がいい?二世帯住宅。太刀川さんと違ってコロコロ表情が変わる出水とお話するのは面白い。
とりあえず今出来るお礼と言うことでみかん味の飴を貰った。口に放り込むと甘ったるくて安い味がした。


「んで?悟り女は」
「名字なまえです。なまえちゃんでいいよ」
「なまえちゃんは」
「素直」
「なんでこんな所で悟り開いてたんだ?」


もごもごと飴を転がしていたら、太刀川さんの何考えてるか分からない目に見つめられて少しだけ喉が引くついた。うっ、なんかこの人苦手…。


「今日は本部にいろ、って言われて」
「誰に?」
「迅悠一」


嘘をついてもすぐバレるような気がして、そもそも嘘をつく必要もないんだけど。正直に迅悠一に今日は本部にいろ。と言われた事を話すと、太刀川さんはニヤリと笑って、やっぱりかと呟いた。


「太刀川さん、迅さんだって」
「そーだなあ」
「なんか視えてるんですかね」
「どうだろうなあ」


ニヤニヤ、太刀川さんが楽しそうに出水の言葉を緩く流す。
うむ、未来にドタキャンされたと思っていたが、やっぱり未来はやってくるらしい。なんとなくそう思った。


「お前本部にいろって言われたか?」
「はい」
「なら連れてくか」
「「え」」


太刀川さんの発言に、出水と私の声が重なる。出水は楽しそうに、私は蛙みたいな声で。


「俺ら今から迅のとこ行くんだよ。お前も来いよ」
「し、知らない人についていっちゃだめって…」
「まじか。なら仕方ねぇな」
「太刀川さん諦めるの早くない?」


太刀川さんに差し出された手をイヤイヤと押し返すと太刀川さんは拍子抜けするくらいすんなり引いた。出水は太刀川さんに慣れてるのかなんとも思ってなさそうだったが私は軽くパニックだ。
何だこの男、本当に何考えてんのかわかんなくて怖いぞ?!!


「俺太刀川慶な」
「知ってる」
「知ってんのか、じゃ、一緒に行くか」
「髭の人について行っちゃダメってお父さんが」


まじか。頭良さそうじゃね?んー、むしろ逆。馬鹿そうって?失礼だな出水は。わーやめてやめて!聞こえん。嘘だ!太刀川さんと出水がじゃれ合っているのを見せられる時間。なんだこれ。お前ら仲良しだな。帰りたい。


「名字さん来ねぇの?迅さんと戦えるかもよ」
「なんで戦うん?」
「あ、これ言っちゃダメな奴だった?」


やばい?ねえおれやばい?出水が太刀川さんの腕を掴んでぶんぶん振る。んー、やばくないやばくない。本当っすか?うん、迅が出てくるのは俺の勘だし。え、そうなんすか、おれ信じちゃったじゃん。馬鹿だな。太刀川さんより頭いいっすよおれ!なんだと。わーやめて!
太刀川さんと出水がじゃれ合っているのを見る時間、パート2。もう帰っていいかな。いやでも、聞きたいことがある


「なんで迅悠一と戦うの?趣味?」
「うん、趣味」
「へえ」


趣味なのか。トップランカーは何考えとんかわからんな。まあ別に分かりたくもないけど。


「迅悠一と太刀川さんどっちが強い?」
「俺」
「なんだっけ、あの、強いトリガー持ってても太刀川さんの方が強い?」
「俺のが強い」


ドヤ顔をする太刀川さんに、素直に、ほう。と思う。普段だったらドヤ顔うぜえな。とか思うけど、今日は素直に凄いと思った。だって迅悠一のトリガーってあれでしょ?A級隊員が束になって掛かっても敵わないとか言われてるんでしょ?


「太刀川さん凄いねぇ」
「そーだろそーだろ」
「強いトリガーって黒トリガーのこと?」
「あ、たしかそんな名前のやつ」


そうそう、黒トリガー。なんか凄いやつ。ボーダーに2個しかないやつ


「なんでそんな強いトリガーが2個しかないんだろ。いっぱい作ったらいいのに」
「名字さん」
「ん、」


あ、なんか、地雷、踏んだかも。
出水と太刀川さんの表情が険しくなってる。太刀川さんは、多分、怒ってる。どうしよ、何が悪かったんだろ、


「それね、言わない方がいいぜ」
「…ごめん、なんか悪いこと言っちゃった?」
「悪いことっていうか…ねえ、」
「あぁ。」


黒トリガーは、元々人間だからな。


「、え?」
「トリオン能力に優れた奴が、自分の命と引き換えに作るトリガーが黒トリガーだ」

だから、もっと作れなんて言っちゃあ駄目だぜ。


分かったな。と太刀川さんの手が、私の頭の上に優しく乗る。
太刀川さんはもう怒ってない。出水ももう困った顔はしてない。大人に、叱られてしまった。私が無知なせいで、酷い事を言った。


「ごめ、ん、なさい」
「おう」
「謝んなくていいよ」


太刀川さんが頭を、出水が背中を撫でてくれる。多分私、酷い顔をしているのだと思う。情けない。自分が酷い事を言い出したのに、慰めてもらって、情けない。無知は罪だと最近知ったのに。私は懲りずに同じ罪を犯してしまった。


「元気だせって、ほら、これやるよ」
「太刀川さんそれゴミ」
「おー本当だ。あれ、あー、無いわ」


ぽん、と手のひらに乗せられたみかんの飴の包み紙。出水に貰ったんだろうな。そんで中身は自分で食べたんだろうな。ゴソゴソとポケットを漁って、レシートが出てきた辺りで太刀川さんは私を元気付けるのを諦めたらしい。
ぽんぽん、と頭を緩く叩かれて、髪の毛をぐじゃぐじゃに掻き乱された。


「うわわ、」
「黒トリガーはこれ以上増えないって」

俺がいるんだから。


な?と太刀川さんが笑う。自信満々、それが当然みたいに、笑う。
何故か涙が出そうで、みかんの飴の包み紙をぐっと握りしめて、涙の代わりに口から、流石NO.1様でございます、と零した。


縋る音色に気付かないで


マエ モドル ツギ

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