本当は辻と帰る予定じゃなかったけど、絵馬くんから貰ったみかんを二宮隊へお届けするという任務を受け合ったので二宮隊作戦室へ向かう。影浦隊の作戦室から二秒で着いた。影浦隊と二宮隊はお隣さんだ。
こんこん、重そうな扉をノックして誰かが出てくるのを待つ。誰も出てこなかったらみかんどうやって持って帰ろう。鞄に入れて潰れたりしないだろうか。
「は、はい」
「こんばんは、辻いますか?」
「つ、辻くんなら、今犬飼先輩と、二宮隊長と、く、訓練を、」
扉が開くのをボーッと待っていたら、つるんとボブが良く似合う美人がビクビクしながらも出てきてくれた。オペレーターの氷見亜季だ。初めて会った、予想より小さくて可愛い。ふむ、訓練か。熱心だな。
「なら これを渡してくれませんか」
「み、みかん、ですか?」
「鳩原未来の弟子から二宮隊の皆さんへ。だそーです」
「…え?」
絵馬くんが?ほ、本当に?氷見亜季が目を見開く。大きな瞳が私とみかんを行ったり来たりしていて、まあそうなるわな。と思った。絵馬くんから。と言わず、鳩原未来の弟子から。と言ったのは絵馬くんに真実を教えてあげない優しい二宮隊へ、ちょっとした意地悪だ。
「な、なんで、絵馬くんが?」
「なんでだろう、私には分からんよ」
「そ、そうですよ、ね。ありがとう、ございます。」
氷見亜季はみかんを見つめて悲しそうな顔をしていた。絵馬くんから貰ったみかんは5つ。二宮隊と、鳩原未来の分だ。本当は6つあったのだけど私が格好つけて1つ絵馬くんに返したので私の分はない。
「絵馬くん、酸っぱいのが分かるんだって」
「す、ぱいの?」
「そう。凄いよね。絵馬くんが酸っぱいよって教えてくれたみかん本当に酸っぱかった」
「す、ごいね、私、よく酸っぱいのにあたっちゃうから、羨ましい」
「え、酸っぱいのってそんなにあるの?」
「苦いのとかも、たまにあたる、よ」
「それ本当にみかんなの?」
え、み、みかんだと思うんだけど…。氷見亜季が自信なさげに答える。苦いみかんなんてあるの?どうやら氷見亜季は変なみかんを引き当てる変なツキみたいなのを持っているらしい。シンプルに可哀想だと思った。美味しいみかんを食べて欲しい。三門のみかんは甘くて美味しいから。
「絵馬くんに見分けるコツ聞いとけばよかった」
「……、えと」
「ん?どうしました?」
「わ、」
わたしも、一緒に、行きたい。
震える唇が、小さく零す。
驚いた。この人、人見知りって聞いてたけど意外と行動派なんだ。違うか、絵馬くんだからかな。
「うん、一緒に聞きに行こう、今から行く?」
「あ、えと、今は、訓練のサポートが、」
「そうだった!じゃあまた一緒に行こうね」
「あ、りがとう…」
どういたしまして、じゃあ私はこれで。ぺこりと頭を下げて氷見亜季に背中を向けたら、制服の裾をくんっ、と引っ張られて軽く躓きかけた。
なんだ?と思って振り返ると氷見亜季は無意識に私を引き止めてしまったようで、わたわた慌てている。
「あ、あの、えっと、5つ、あるから」
「うん」
「一緒に食べませんか!!!!!」
「うわあびっくりしたそんな声出せるんか」
顔を真っ赤にして、わあ!と叫ばれるようにみかんを一緒に食べようと誘われる。いや、お前がいいなら食べるけどさ、そんな腹から声出さなくても大丈夫だから。死んでも離さない!というようにぎゅうううと制服を握りしめられる。おいコラそんなに握ったら皺になっちゃうだろうが。別にええけど。
「みんなは、後20分くらい、でてこないから」
「お邪魔します?」
「おじゃま、してください」
くいくいと制服を引っ張られ半強制的に作戦室に連れ込まれる。さっきまではこたつだったから、こんなお洒落なテーブルでみかんを食べるのがなんか面白い。そうだな、このテーブルはカヌレとかいうお洒落なかりんとうが似合う気がする。知らんけど。
「あ、氷見亜季、です」
「名字なまえです」
「辻くんの、幼なじみ?なんだっけ」
「うん、隣の家」
「犬飼先輩から、はなし、きいてて」
「そうなん?」
「面白い子って、だから、はなして、みたくて、」
でも、私、人見知りだから、話しかけられなくて、えっと、だから、
氷見亜季が細くて綺麗な指でみかんをむいむい剥きながら必死に話をしてくれる。皮を剥くのが下手…というか、意外と雑だ。剥くと言うよりちぎっている。
「きょう、名字さんとお話出来て、嬉しい」
えへへ、と本当に嬉しそうに氷見亜季が小さく笑う。
……なぁんだよこいつ、すげー可愛いじゃねえか。ヒカリとはまた違う可愛さに胸がきゅううううううんとなる。守りたい、この笑顔。
「なまえでいいよ」
「なまえちゃん?」
「うん」
「わたしは、ひゃみ、って呼ばれてる」
「ひゃみちゃん」
「なまえちゃん」
お互いの名前を呼びあって、うへへへ、と笑い合う。はたから見たら気持ち悪いかな。いいや私達は今世界で一番可愛いはずだ。絶対に。
ひゃみちゃんは嬉しいな、小さく零してみかんの皮をちぎる。片付けが面倒くさそうだ。
『ひゃみちゃーん、お外出してえ、二宮さんに怒られちゃったあ』
「あら」
「いぬ?」
「そうみたい、少し待ってて」
「うん」
オペレーター室の方からいぬの声が聞こえる。二宮さんに怒られたので追い出されるらしい。犬飼先輩はお調子者だからよく怒られちゃうのよ。とオペレーター室に向かうひゃみちゃんの後ろ姿を見送って、千切られて散らかったみかんの皮を眺める。
ひゃみちゃんのみかんが酸っぱいのは、千切られたみかんの皮の恨みなのでは。そう思ってしまうくらい千切られた皮は無惨だった。
カタン、とエンターキーを叩く音の後に、もふんっと何かが柔らかいところに落下した音がした。いぬが緊急脱出用マットに帰ってきたのだろう。
「やー、怒られちゃった」
「犬飼先輩が余計なこと言ったんじゃないですか」
「ひゃみちゃんったら辛辣。あれ?なんか爪汚れてない?」
オペレーター室でいぬとひゃみちゃんが話してる声が聞こえる。ひゃみちゃんいぬには冷たい。面白い。
「あ、みかんを」
「みかん食べてたの?」
「まだ剥いている途中で」
「だから黄色いんだ」
「犬飼先輩のもあります。絵馬くんからです」
「へ?」
いぬの間抜けな声が聞こえた。
ほんとにユズルくんからなの?なんで?えー嬉しいけどさあ、みんなの分もある?あるの?なら帰ってきてもらおうよ、みんなで食べよう?間抜けな声は、どんどん弾んだ声に変わる。嬉しくてついいっぱい喋ってしまうなんて幼稚園児みたいで可愛いじゃないか。
「なまえちゃんが持ってきてくれました」
「名字ちゃん?」
「実はいるんだな」
ひょこ、とオペレーター室を覗くと2人が嬉しそうに笑ってくれる。2人とも金髪蒼眼だから兄妹みたい。諏訪隊もそうだったけど、長い事隊を組んでたらふとした仕草が似てくるのだろうか。辻の格好付けは二宮さんの影響だったりして。
「あ、名字ちゃんの爪まっきっき」
「ここに来る前もみかん食べてたから」
「カゲのとこで?」
「うん、やっぱみかんにはこたつだよね」
「うちの作戦室もこたつ欲しいですよね、勝手に置いても二宮さん許してくれますかね」
「多分凄い困った顔して固まるよ」
なんとなく二宮さんが困惑でショートした姿が想像出来てしまって思わず笑う。いぬとひゃみちゃんは私よりも詳細に想像出来たみたいで、2人で顔を合わせて盛大に吹き出していた。
「ひゃみちゃん、通信繋ごう」
「そうですね、みんなで食べましょう」
「私いてもいーの?」
「「もちろん」」
いぬとひゃみちゃんが嬉しそうに同じ顔で笑うから、私はありがとうと笑った。その時の私の顔は、多分、二人と同じ顔だったと思う。
「二宮さん 辻くん。みかん、食べませんか?」
『あぁ?』
『みかん?』
「絵馬くんから頂きました。みんなで食べましょう」
ひゃみちゃんが液晶に向かって喋っている。いぬはガタガタと奥の部屋から椅子を持ってきてて。なら私はひゃみちゃんが散らかしたみかんの皮でも捨てておこうかな。そう思ってテーブルに向かうと、もふんもふんっ、と2つ、後ろから音がした。
二宮さんとか不器用そうだな。ふは、と思わず零れたニヨニヨ顔は、多分いぬに似ていたと思う。
やっぱ酸っぱかったらしい