目が覚めたら目の前に犬がいた


「いぬ?」
「おはよう名字ちゃん」
「おはよう、え?どういう状況?服きてる?あっ着てるわ」
「ぶは、無実ですよ〜。受け取っただけです」
「受け取った?」
「そうです。喉乾いた?飲む?」


はいどうぞ。と差し渡されたのはどこにでも売っている飲料水。どこにでも売ってる水だから遠慮なく貰う。寝起きは喉が渇くのだ。
それにしても何故いぬがいるのか。受け取ったとはどういう事なのか。辺りを見渡すと見覚えのある洒落た部屋。あぁ、二宮隊の作戦室だ。


「二宮隊の作戦室。目の前にいぬ。わけわからん」
「寝てたからね」
「説明求む」
「犬飼りょーかいっ」


へらり、いぬが笑って隣の緊急脱出マットに腰掛ける。いぬのこの顔は好きだ。胡散臭くない優しい顔。


「今日ラッドの処理があったのは知ってるよね?」
「うん」
「名字ちゃんも勿論ラッドの処理に参加する予定だったよね」
「うん」
「そんな名字ちゃんは、米屋の抱っこで現場に来ました」
「…うん」
「そしてなんと、爆睡してました」
「…………。」


思い出した。学校の廊下で米屋の馬鹿に努力の天才だと褒められ、恥ずかしすぎて腰が抜けたのだ。抱っこしてやろうか?という米屋の申し出を、お前のせいだから勿論抱っこしろ。くらいの勢いで受けたのだ。
それで、抱っこして貰って、意外と重いって言われて、えっと、記憶がねえ!!!


「もーびっくりしたよ。おれ達の担当地区は割と片付いてたからさー。のんびりやってたらさ?制服姿のまま米屋くるし、なんか担いでるし、それが名字ちゃんだし」
「穴があったら入りたい」
「辻ちゃんも固まってたよ」
「でしょうねえ!」


そりゃそうだろうよ。私だってもし仕事中に同級生に担がれて爆睡してる幼なじみが来たら固まるわ、そんでぶん殴るわ。仕事ナメてんじゃねぇぞって引きずり回して穴掘って埋めるわ。私も埋めて欲しかった。


「でね、起こそうとしたんだけど、二宮さんがもう終わるから連れて帰れって」
「にのみや」
「知ってる?」
「うん」
「あー見えて優しいんだよ。名字ちゃんの健やかすぎる寝顔見た瞬間に連れて帰れって言ったんだから」


二宮匡貴。勿論知ってる。元A級1位部隊の人。二宮隊でもA級に上がって、射手ランク1位で、個人ソロ2位で。

使えない部下を、追い出した人。


「申しわけないです」
「いーよいーよ。二宮さんがいいって言ったんだから」
「…その、二宮さんは?」
「先に帰ったよ。よく寝てたね。2時間は寝てたんじゃない?」


2時間も。そりゃあ喉が渇くわけだわ。申し訳なさと不甲斐なさで叫びたくなるのを水で押し込んで何とか耐える。
あ、それ二宮さんから名字ちゃんにだって。
なん、だと?二宮匡貴からの私への水だと。もしかしてめちゃくちゃ高い水なんじゃないだろうか。1本5000円とかする水だったらどうしよう。あ、コンビニのシール貼ってある、えー二宮匡貴コンビニとか行くんだ、意外


「ねえねえ名字ちゃん」
「はあい」
「聞きたいことがあるんだけど、いい?」


へらり、胡散臭くない笑顔で聞かれる。前は、いいよね?だった。面白がってた顔してた。けど今は違う。優しいいぬの顔だ。


「いいよ」
「ありがとう。あのさ、」
「うん」
「名字ちゃんがボーダーに入ったのは、二宮隊が嫌いだから?」


へらり。優しくない笑顔。この顔知ってる。辻が、泣きそうになる前にする顔。辻の場合は下手くそだから今すぐ泣きます!って顔するけど いぬは上手だ。人ウケのする優しい笑顔で、それを隠す。


「違うよ」


二宮隊なんてなんとも思ってないよ。あー辻が?猫かぶってる部隊でしょ?くらいにしか思ってないよ。だからそんな顔しないで。


「私が嫌いなのは鳩原未来。辻を裏切った鳩原未来を成敗しに来たんだよ」
「はは、成敗って、」


どうやら私は答えを間違えたみたいだ。表情の数値からある程度の感情が予測できると言っても、欲しい答えまではあげられない。さっきより悲しそうな笑顔。ごめんね、お願いだから泣かないでね


「裏切ったって、何か知ってるの?」
「知らないよ。何も知らない。けどボーダーに入ってから色んな噂は聞く」
「そっか、まあ有名だもんね」
「でも」
「ん?」

「真相とかはどうでもいいよ」


え?と、空気が漏れたみたいな声が聞こえた。あ、珍しい。作ってない顔だ。いぬが感情のままの顔してる。蒼い瞳が光を反射してキラキラしていた。思ったよりも、深い蒼だった。


「色んな噂があるけどべつにどうでもいい。興味無い」

「じゃあなんで、鳩ちゃんを成敗するの?」

「新ちゃんを泣かせた。理由はこれで十分」


人が撃てない役立たずを追い出した冷たい隊。
一般市民にトリガーを渡してクビを切られた。
どこにもいないから本当は近界民に殺されたんじゃないのだろうか。
二宮匡貴が怖くて逃げ出した。
どれでもいい。どれが本当でもいいし、どれが嘘でも、どうでもいいけれど。

鳩原未来は、私の大事な幼なじみを泣かせたのだ。
なんで、って。どうして、って。私にすがりついて泣いたのだ。


「だから鳩原未来はぶっ殺す!私のサイドエフェクトで弱点を全て明かして立てないくらいこちょこちょしてもいいし、足ツボとかでもいい。物理的なダメージを与えまくって辻にごめんなさいをさせる!」


土下座させてやるんだ。辻を泣かしてごめんなさいって。私と辻と、後、涙を隠して笑うのが上手ないぬの前で土下座をさせてやる。


「いぬにも教えてあげる。鳩原未来の弱点」


教えてやるから一緒に物理的なダメージを与えてやろう。脇腹かな。足の裏かな。ちょっと男に触らせるには際どいかなってところだったら私が全て請け負ってやる。
だから、


「その時を楽しみに、元気だせよ」

「ははは、面白いなあ名字ちゃんは」


うん。その笑顔だ。優しい顔。楽しそうな顔。それだけでいい。それかどうせなら泣けばいい。辻みたいに素直に泣けばいい。器用な人は可哀想だ。辻の馬鹿の垢煎じて飲ましてあげたいよ。


「鳩ちゃんの弱点、ちゃんと教えてね」
「うん、だからさ、その、爆睡してたのは忘れてくれない?」
「それは無理かな〜、可愛かったし〜」
「お願い!忘れて!」
「じゃあさあ、忘れてあげる代わりに、質問してもいいよね?」


なんだと?ニヨニヨ顔。知っている。これは有無を言わさない、いいよね?だ。私は賢い子だ。2回目にしてこれに関わるとろくな事がないと分かっている。今すぐ逃げなければ、無理だ、逃げる為にはいぬの横を通らねばならない。無理だ。こうなれば、先手必勝。先に潰す!!


「辻との関係ならこの前お話しましたけーー」


「『私のサイドエフェクト』って、どういうことかな?」



.....................やっ、ちまった。


逃げられない。再び


マエ モドル ツギ

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