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「成瀬くんって…」
差し出された数学のプリントを見ると、栞は担任であり数学教諭でもある松本へ視線を移した。
“成瀬”とは、確かにクラスメイトの名前だ。
しかし彼は、二学年に上がってから一度もその姿を現していない。
一年の時に成瀬と違うクラスであった栞には、彼の容姿すら思い浮かばないのだ。
「…届けるって、まさか…」
『うん、成瀬の家まで行って来てほしいんだよね』
「っ…!無理です、無理ですっ…!」
『家は佐倉の帰り道の方だから、大丈夫だよ』
「ち、違います…!そういう問題じゃ…そもそも、先生が行くべきですよ…!」
松本からの無茶な頼みに困惑する栞は、ぶんぶんと首を左右に振って拒否をする。
彼女が教師の頼みを断るのは、珍しい。
『いやー…俺も何度か行ったんだけど、会ってすらくれないんだよね』
「……学校嫌いなんじゃないですか…」
『うーん、高校は義務教育じゃないし、このままだと退学も有り得るんだよね。進級も危ういし』
「…で、でも、来ないんですから、辞めたいんじゃないですか…?」
『佐倉〜冷たいこと言うなよ〜。頼むから、学校に来るように説得してみてくれっ!』
両手を顔の前に合わせて頼み込む教師の姿に、栞は顔をひきつらせた。
担任の松本は悪い教師ではないのだが、少し頼りないのが問題である。
「……分かりました。学校に来るよう言えばいいんですよね」
観念したように肩を竦めて溜め息混じりに栞がそう言うと、松本の表情は一気に明るくなった。
『佐倉ー!ほんと助かるよ!ありがとう!』
嬉しそうにがっしりと掴まれた手に、栞はずっしりと責任の重さを感じていた。
頼まれると断れない性格を、今日ばかりは恨んだ。
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