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栞の口から出た言葉に、壱は目を丸くした。


『……頭でも打ったのかよ』


壱は眉間に深い皺を刻み、自身の下で仰向けのまま大人しい栞を見つめた。

先程までの不安そうな表情とは一変、彼女の瞳は凛として真っ直ぐ壱と視線を絡めている。

二重瞼に長い睫、潤ったぷっくりとした唇が、仄かに色気を漂わせて壱の瞳に映る。

メガネのせいか…?

まるで人が変わったような栞の表情に、彼女のトレードマークのメガネが無い事に気がついた。
メガネひとつで、その人の纏う雰囲気そのものが変わったりするのだろうか?

「ー…また、何でのこのこ家に上がり込むのかしら」

壱の脳内での疑問などお構いなしに、栞は溜め息混じりにそう呟いた。
自分が置かれている状況を確かめるかのようにきょろきょろと室内を見渡し、再び視線を壱へと向けた。

「…ふむ、いい男」

左右の口角をキュッと上げ、彼女の唇が三日月を描いた。
その妖艶な笑みに壱はほんの一瞬目を奪われ、釘付けになる。

「ねぇ…、名前は?」

『…は?』

「キミの名前」

『今更何を言ってんだ』、壱は心の内でそう呟いた。
眉間に皺を寄せたまま怪訝そうに栞を見下ろし、思考を巡らせる。

『…お前、ビビりすぎて気が狂ったのか?』

「ん〜…、少なくとも“あたし”は狂ってないけど」

『意味分かんね…、』

にんまりと笑みを浮かべた栞の言葉に、壱は違和感を感じていた。
恐怖に震えていた躰はピタリと静まり、怯えた瞳は何やらこちらを見つめ爛々と輝いている。
まるで目前に、格好の獲物を見つけた獣のように。

『……お前、まさかさっきまで演技してたのかよ』

「演技…?」

『はぁ…、最悪…。ビビりもしない女脅しても意味ねーよ』

壱は深い溜め息と共に跨いでいた栞の躰から離れると、面倒臭そうに立ち上がろうとした。

すると壱の腕は突如栞の手により掴まれ、躰を起こして怪しげに微笑む彼女と視線が絡む。


「…私を出したからには、最後まで相手して」




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