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壱の手首を掴んだ栞の手は、振り払える程度の力しか込められていない。

それでも彼女の手を振り解かないのは、栞の瞳が“女”として壱を捕らえているから。
その色気を含んだ笑みが、ほんの僅かな時間とは言え壱の身動きを塞いだ。

『……お前、っ…』

言葉を発するより先に、栞はするりと壱の目の前に顔を近付けた。
あっさり自身の懐に忍び込まれたことにより、ドキリと否応無しに心臓が跳ね上がる。

誰しも持つ張り巡らされたテリトリー内に、彼女は遠慮なしに入り込む。


「…ねぇ、……しよ?」


壱の首へと腕を絡め、首を傾げて妖艶に微笑む。
薄く開いた唇が、ゆっくりと壱の唇へと重なった。

柔らかな感触を確かめるように唇が触れると、やんわりと吸い尽く。
閉じられた栞の瞼から長い睫毛が伸び、色気すら感じられる。

『っ…、ちょ、待て』

やっとの事で状況を理解した壱は、首に絡まる彼女の腕を掴んで引き剥がした。

いつの間に、形勢逆転されたのか。

『…お前、何考えてんだよ』

「なにって…えっちするんじゃないの?」

『はぁ?クソ真面目な委員長が、何言ってんだよ』

不快そうに顔を歪める壱に、栞はきょとんと目を瞬かせた。

「…真面目なのは、アタシじゃない」

『あ?』

「あの子と一緒にしないでよ」

『……何言ってんだ、お前』

「のこのこ家に上がり込んで、キミに襲われたのは“アタシ”じゃない」


「あんな弱虫と、アタシを一緒にしないで」


強い眼差しが、壱へと向けられた。

佐倉栞
大人しく真面目な印象の彼女。
突如雰囲気そのものがガラリと変わり、強い違和感を感じた。

壱の脳裏を掠めた、結論。

しかしそれは、理解し難い。


『……まさか、別人……』



二重人格…………?





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