17 / 19
16
壱の手首を掴んだ栞の手は、振り払える程度の力しか込められていない。
それでも彼女の手を振り解かないのは、栞の瞳が“女”として壱を捕らえているから。
その色気を含んだ笑みが、ほんの僅かな時間とは言え壱の身動きを塞いだ。
『……お前、っ…』
言葉を発するより先に、栞はするりと壱の目の前に顔を近付けた。
あっさり自身の懐に忍び込まれたことにより、ドキリと否応無しに心臓が跳ね上がる。
誰しも持つ張り巡らされたテリトリー内に、彼女は遠慮なしに入り込む。
「…ねぇ、……しよ?」
壱の首へと腕を絡め、首を傾げて妖艶に微笑む。
薄く開いた唇が、ゆっくりと壱の唇へと重なった。
柔らかな感触を確かめるように唇が触れると、やんわりと吸い尽く。
閉じられた栞の瞼から長い睫毛が伸び、色気すら感じられる。
『っ…、ちょ、待て』
やっとの事で状況を理解した壱は、首に絡まる彼女の腕を掴んで引き剥がした。
いつの間に、形勢逆転されたのか。
『…お前、何考えてんだよ』
「なにって…えっちするんじゃないの?」
『はぁ?クソ真面目な委員長が、何言ってんだよ』
不快そうに顔を歪める壱に、栞はきょとんと目を瞬かせた。
「…真面目なのは、アタシじゃない」
『あ?』
「あの子と一緒にしないでよ」
『……何言ってんだ、お前』
「のこのこ家に上がり込んで、キミに襲われたのは“アタシ”じゃない」
「あんな弱虫と、アタシを一緒にしないで」
強い眼差しが、壱へと向けられた。
佐倉栞
大人しく真面目な印象の彼女。
突如雰囲気そのものがガラリと変わり、強い違和感を感じた。
壱の脳裏を掠めた、結論。
しかしそれは、理解し難い。
『……まさか、別人……』
二重人格…………?
≪≪prev
<<<
ホームに戻る