匠からの唐突な質問に凌は黙り込むと、彼女の澄んだ真っ直ぐな瞳と視線を合わせたまま、投げかけられた言葉の意味を考える。
分かりきった彼女の性別を訊ねているのではないということは明白で、恋愛対象である女として自分を見ているかどうかを訊いているのだ。
姪が、叔父である自分に。
兄の娘である彼女は、家族であり“女”ではない。
極めて単純なその答えを、凌は即答できなかった。
匠の言葉に凌は確かに動揺し、考えないようにしていたことをいきなり突き付けられたのだ。
──……そんなこと、訊かないでほしい。
無意識のうちに頭に浮かんだ本音が凌をハッとさせると、思わず匠から視線を外して後頭部の柔らかな黒髪を撫でた。
「……よく意味が分からないんだけど、匠はちゃんと女の子に見えるよ。叔父の俺から見ても、匠はかわいいし」
短い沈黙のあと誤魔化すように選ばれた言葉は、匠の望んでいるものとは違う答えだった。
かわいいと言われてこんなにも嬉しくないことがあっただろうか。
「そういう意味で言ったんじゃない。しのくん、私は──」
「匠は、俺にとって大事な家族だよ。姪というより、妹のような存在で……誰よりも大切な女の子だよ。俺の言ってること、質問の答えになってない?」
遮るようにそう言った凌を見て、匠の頬には一気に熱が駆け昇った。
色白の肌を赤く染め、唇を噛み締めてソファから勢いよく立ち上がる。
「もう……!私……っ、しのくんの妹じゃないし、しのくんのことお兄ちゃんなんて思ったことないっ……!」
今にも泣き出しそうな声で叫ぶように言い放つと、匠は裸足のままドタドタとリビングのドアへと向かう。
呆気に取られている凌の横を過ぎてドアを開け、黒目がちな大きな瞳をキッと彼に向けて睨んだ。
「明日起こしてあげないから……!しのくんのばかっ……!」
それだけ告げると、バタンと大きな音を鳴らしてドアは閉じられた。
一人リビングに残された凌は、匠の去って行ったドアを見つめて呆然と立ち尽くす。
「……それは困る」
ぽつりと呟いた言葉に、返事が返ってくることはない。
暫くその場から動けずにいた凌は、困ったように小さく溜め息を吐き出した。
今のように感情剥き出しで匠が怒るのは珍しい。
それだけ彼女にとって、先程の凌への問い掛けは大きな意味を持っていた。
“しのくんの目に、私は女で映ってる?”
──……映ってるよ。
気付かないふりをしていく筈だった。
この先もずっと。
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