濡れた髪から香るシャンプーの匂いが、凌の鼻腔を刺激する。
躰が密着するほどすぐ真横に座っている匠は、アイスを銜えながらテレビに釘付けの為、珍しく静かだ。
タンクトップの下にブラジャーを着用していないのか、ゆとりのある服は上からのアングルで胸元が僅かに見え隠れしている。
「しのくん、一口食べる?」
不意に匠の視線が凌の方へと向かい、半分程になったアイスを差し出した。
呼びかけにつられて隣に座る匠に顔を向ければ、見まいと努めていた胸元に思わず視線がいく。
如何に自分が無防備な格好をしているか気付いていない匠から顔を逸らした凌は、手にしていた残り少ないビールを一滴残らず喉に流し込んだ。
「……いらない。俺の一口で残るのは棒だけだぞ」
「えっ、じゃあダメ。あげない」
すぐにアイスを引っ込める匠を見て、凌は苦笑する。
無邪気な彼女の行動は、時に心をかき乱す。
「……さ、俺はそろそろ寝るよ。匠も早く髪乾かしなよ、風邪引くから」
「え〜、もう寝ちゃうの?」
空になったビールを手に立ち上がる凌を見上げ、匠は不満そうに声を上げた。
「寝るよ、朝起きれなくなるだろ」
「私が起こしてあげるから、一緒に寝よ!」
「やだ」
「もー、しのくんケチー!」
匠の提案をあっさり拒否してキッチンで空き缶を濯いでいる凌を目で追いながら、不満気にソファでアイスの最後の一口を口に入れた。
そうして唇を尖らせてむっつりしている匠の様子に、凌は空き缶を専用のごみ箱に捨てて短く溜め息を吐き出した。
「匠はちょっと、無防備すぎるんじゃないの。年頃の女の子が、そんな格好でうろうろするなよ」
「え〜、だって寝るだけだもん。いいじゃん」
「……よくないよ。外でもそんなに無防備なのかと思うと心配なんだけど。女の子なんだし、もっと気を付けなよ」
普段あまりそういった指摘をしない凌からの予想外な言葉に、匠はきょとんと目を瞬いた。
ちらりと自分の服装を確認し、凌の言葉の意味を考える。
「いや……まぁ、家の中だけならいいけど」
年頃の子につい不快になるようなことを言ってしまったかと凌は訂正を付け加えると、ばつが悪そうに自身の後頭部を撫でた。
こういう些細なことから、うざったいと思われて嫌がられていくのかもしれない。
父親にでもなったかのような心境の凌とは裏腹に、匠の脳内はまったく別の思考を巡らせていた。
「ねぇ、しのくん」
「ん?」
──……ふと、息を呑んだ。
匠の瞳はいつになく真剣で、真っ直ぐ凌を捉えている。
濡れた髪が彼女を妖艶に見せ、潤った唇が薄く開かれれば、普段見せない色気が仄かに醸し出される。
叔父の欲目抜きにしても、彼女は美しかった。
「しのくんの目に、私は“女”で映ってる……?」
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