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彼女の世界の全ては、俺だった。
「ねぇ咲…、今日はなんだか元気ない…?」
俺の顔を覗き込むようにして、乃愛は心配そうにそう言った。
時刻は23時。
彼女が寝付くまで傍にいるのが、俺の日課だ。
『んー?元気だよ。まぁ、仕事で少し疲れてるけどね』
「ほんと…?大丈夫?」
『大丈夫だよ、乃愛の顔見たら元気になったし』
そうして笑顔を見せると、まだ彼女は不安そうな表情だ。
下がった眉が、心底俺を心配している事を表している。
『はは、本当に大丈夫だから。乃愛はもう寝な』
「……うん」
乃愛は不服そうな顔で頷くと、もぞもぞとベッドに入り込む。
首元まで布団を掛け、優しく頭を撫でる。
「…今日ね、窓から鳥が見えたの」
『へぇ、どんな?』
「小さいやつ。緑色の」
『緑?何だろうな』
「あ、明日図鑑で調べてみる!分かったら咲にも教えてあげるね」
『おー、楽しみだな』
いつも通りの会話。
彼女の1日に起こる事など、高が知れている。
小さな箱の中。
それが彼女の世界なのだから。
「ねぇ咲ー…明日はお休み…?」
『休みだよ』
「じゃあ、ずっと一緒…?」
『そうだなぁ、明日は予定もないし、ずっと乃愛の傍にいるよ』
「やったー!約束だよ!」
満面の笑みを見せる彼女の額に、キスを落とす。
『約束するよ』
キミが嫌だと言う程、傍にいる。
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