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俺は乃愛の問い掛けに答えることなく、ベッドへと腰を下ろした。

『乃愛、おいで』

戸惑う彼女を横に座らせ、覚悟を決める。


『…乃愛、この屋敷を出るんだ。ここは、お前のいるべき場所じゃない』

『住む場所は俺が用意する。加賀美も連れて行くといい。生活に困るようなことはさせないから、乃愛の好きなように生きていってほしい』

唐突な俺の言葉に乃愛はきょとんとした顔で瞬きをした。
話の意味を理解しているのかいないのか、不思議そうに首を傾げる。

「……咲は?咲も一緒?」

『…俺は行けない。この屋敷を出られないんだ』


この場所に一番縛られ身動きできないのは、俺自身だ。


「咲が行かないなら、私も行かない」

『…乃愛、お前はここにいちゃダメなんだよ』

「いやっ…!咲がいないなら行かないっ…!ここにいるっ…!」

首を横に振って拒絶する乃愛の姿に、胸が痛む。

『乃愛、ここにいたら一生をあの部屋で過ごすことになる。今日みたいに俺の所に来ることも許されない。乃愛の知らない世界が、外には沢山ある。俺は乃愛にいろんなものを見てほしいんだよ』

優しく諭すように言っても、乃愛は首を横に振り続けた。
ぽろぽろと涙を溢し、俺の袖をぎゅっと握った。

「…咲のいる場所が、私のいたい場所だよ。咲のいない世界なんて、いらない」

『乃愛…、分かってるのか?あの部屋から出られないんだぞ』

「…いいよ。そしたら咲…私のところに来てくれる…?咲、結婚したらもう来ない…?」

『……なんでそれを』

乃愛の口から出た言葉に、驚いて目を見開く。
俺は近く結婚することが決まっている。
お互いに愛も何もない政略結婚だが、親父の決めたことには逆らえない。

「咲に会えなくなるの…いや…」

『……結婚と言っても形式だけのものだ。相手もそのつもりだ。乃愛に会えなくなるわけじゃない』

「ほんとう?会いに来てくれる…?」

『…毎日、会いに行くよ。でも…できればこの屋敷を出てほしい』

「いやっ、ここにいる」

『乃愛…、』

「〜〜っ、やだよぉ…、出たらもう会えないの、分かるっ…。咲と一緒にいる、咲と一緒じゃなきゃいやっ…お願い…」



突き放せない。
この屋敷を出ることが、乃愛にとって一番良いことなのに。
手放したくないと思っているのは、俺の方だ。


『…本当にいいのか?もう二度と出られないかもしれない』

「咲がいるなら、平気」

『…こんな我儘言うなんて、困った奴だな』


きっぱり言い切る乃愛に浅く息を吐いて微笑むと、彼女の躰を抱き上げるようにして俺の膝の上へと座らせた。

向かい合うようにして乃愛の腰に手を回し、出逢った時から変わらない純真無垢な彼女の瞳を覗き込む。



ずっと、自分だけを愛してくれる存在が欲しかった。
乃愛に求めていたものは、そんな俺の欲望だ。

大切にするから、大事にするから、だから愛が欲しいだなんて、歪んでる。
俺しか知らない彼女が、俺を好きになるのは必然だろうか。
そういう風に育ててきたのだから。

それでも、リスクを背負って俺の所に来るようには、育てていない。
彼女の気持ちが、俺によって作られたものだなんて思いたくない。




『…乃愛、愛してるよ。ずっと一緒にいよう』



そっと優しく囁けば、乃愛はほんのりと頬を赤らめ、幸せそうに笑った。



口にしたら最後。
彼女は俺に愛を教えてくれた。




俺だけの、…禁断の果実。




END



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