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この状況が理解できない。
子供のように泣きながら、俺に会いたかったと躰を震わせる乃愛は一体どういうつもりなんだ。
『……乃愛、俺に何をされたのか分かってないのか?』
動揺を滲ませ彼女の肩に手を置いてそう言うと、乃愛はぐすっと鼻を啜りながら顔を上げた。
涙に濡れた瞳は今も変わらず純真なまま俺の姿を映している。
暫く考えるように俺を見ていた乃愛は、急に頬を赤く染めて唇を結んだ。
『…なに、赤くなってるんだよ』
「だ、だって…」
『俺に酷いことされたって、自覚がないのか?』
「ひ、ひどいこと…、この間の…?」
『他に何があるんだよ』
「でも…、咲、優しかった……痛くて怖いの…最初だけ…。誕生日、ずっと一緒にいてくれて…嬉しかった」
恥じらうような素振りを見せる彼女に、愕然とした。
俺は長い時間をかけて乃愛をどん底に突き落とす為だけに大切に育ててきたんだ。
大事にされればされる程、落とされる瞬間の絶望感が興奮を呼ぶ。
優しかった…?
めちゃくちゃに壊してしまおうと思っていたはずなのに。
痛めつけるでもなく、いつの間にかまるで恋人のように肌を重ねていた。
『乃愛……俺は…』
「…私、咲がすき。会えないの、すごく辛かった。咲に嫌われたのかもって、怖かった…。咲は…?咲は私のこと、すき…?」
すき…?このどうしようもなく胸を焼く感情は。
乃愛の言葉ひとつで何もかもどうでもよくなってしまうようなこの感情は。
俺は、誰かに愛されたことも、誰かを愛したこともない。
親にでさえ愛というものを教えてはもらえなかった。
俺がずっと求めていたもの。
ずっと欲しかったもの。
すべてが自分の中で形を成していくと、目の前にいる彼女の存在が如何に大切で愛おしいかを思い知らされた。
…それと同時に湧き上がるこの屋敷への嫌悪感が、この場にいる彼女の存在を幻へと変えていく。
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