匠と凌が暮らす木造二階建ての一軒家は、一級建築士である凌が設計したものだった。
自分が設計した家に住むのは凌にとってひとつの目標であり夢でもあったが、まさか恋人でも妻でもなく、姪と一緒に住むことになるとは目標を掲げた当時の凌が知ったら驚くだろう。

それでも姪である彼女との暮らしは、思っていたよりずっと楽しく幸福なものだった。
日々大人への階段を上がって成長していく彼女を見て、もう少しこのまま、ゆっくりと大人になってほしいと、細やかな親心のようなものまで芽生えている。

無邪気に自分を信頼してくれる存在がこんなにも有難く愛おしいものだと知ってからは、いつか自分の元から離れていってしまうそう遠くない未来を寂しくすら感じてしまう。

匠と暮らし始めてからの凌はすべてが姪中心の生活で、顔立ちも整った穏やかな性格にしてここ数年恋人がいない理由は明白だった。


「しのくーん、アイスまだあったっけ?」

風呂から上がったばかりの匠が濡れた髪をタオルで拭きながらキッチンへと向かい、リビングにいる凌に声を掛けた。
先に風呂を済ませていた凌はソファに座って恒例の一人酒を満喫中だ。缶ビール片手にテレビに向けていた視線を匠の方へと移す。

「週末に買ったばかりだから、まだあると思うよ。……て、匠。その格好じゃ寒いだろ」

「んー?別に寒くないよ」

広々としたLDKの間取りの室内は、凌のいるリビングからダイニングキッチンがよく見える。
タンクトップにショートパンツ姿の匠が、冷蔵庫から取り出した牛乳をコップに注いでごくごくと飲んでいる様子を見て、凌は無意識に眉間に皺を寄せた。
白く滑らかな柔肌を外気に曝す露出した服装は、まだ気温の上がり下がりの激しい季節には少し不釣り合いだ。

「風邪引くから、何か上に着ておきなよ」

「暑いからやぁだ。あ、ハーゲンダッツある!」

「……それは俺の。匠は自分のもう食べただろ」

「え〜、じゃあ安いのでいいや」

そう言って複数個入りの箱に入った棒状のアイスを冷凍庫から出してリビングへと向かうと、アイスを包んでいた袋をゴミ箱に捨てて凌の座るソファに腰を下ろした。

露出した両脚をソファに乗せ、膝を抱えるように座ってミルク味のアイスに齧り付く。

「ビール美味しい?」

「……うまいよ」

「私が二十歳だったら、しのくんのお酒に付き合ってあげられるのにね」

「二十歳なんてすぐだよ、高校卒業したらあっという間だぞ」

「そうかな?早く大人になって、しのくんとお酒飲みたいな」

「そんなに急いで大人にならなくてもいいよ。子供でいられる時間は短いんだから」

「しのくんはもうすぐ三十路だもんね!」

「……うるさいな」

凌の反応に匠は「んふふ」と笑いを漏らすと、隣で缶ビールを口許へと運んでいる叔父をそっと盗み見る。
一緒に過ごす温かくて穏やかなこの時間が、ずっと続けばいいのにと願ってしまう。

大人になったら、離れなくてはいけないのだろうか。
大人になったら、ひとりの女性として見てもらえるだろうか。

分からない。
けれど、早く大人になりたかった。
もっと近付きたかった。




03

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