買い物を済ませて誰もいない家に帰宅した匠は、いつものように夕飯の準備に取り掛かる。
両親不在のこの家では、食事の用意は匠の担当だ。
料理をすることが好きな匠にとって、毎日の夕食作りはまったく苦ではない。
なにより苦にならない最大の理由は、自分の作った食事を喜んで食べてくれる人がいるということだ。
◇
玄関のドアが開く音がキッチンにいる匠の元に届くと、はっとして彼女は小走りに音の方へと向かう。
「しのくん、おかえり〜!」
ぱたぱたとスリッパを鳴らして満面の笑みを向けた先に、清潔感のあるスーツに身を包んだ男性の姿があった。
「ただいま、いい匂いするな」
「今日はハンバーグだよ!」
「いいね、腹減った。着替えてくるからちょっと待ってて」
匠の頭をぽんと優しく撫で、この家の主であり彼女の叔父である眞中 凌(マナカ シノグ)は穏やかな笑みを浮かべた。
まだ築三年にも満たない木造住宅の一軒家に住むのは、匠と凌の二人きりだ。
匠の父で凌の兄でもある男は、海外勤務のため妻と共に海外に移住している。
幼い頃は匠も一緒に海外に住んでいたが、物心つく前に父の仕事の都合で日本に帰ってきたため、そのまま日本の学校に通っていた。
当然高校も日本の学校を受験したが、父は再び海外勤務に。
日本の高校に通いたいという匠の強い希望から、父の提案を受け入れる形で彼女は一人日本に残った。
叔父である凌と一緒に暮らすということを、大きな条件として。
「しのくん、今日は早かったね」
「今日は打ち合わせとかもなかったからね。匠のご飯が楽しみで、急いで帰ってきた」
「え〜、そうやって嬉しいこと言う」
四人掛けのテーブルに向かい合って座りながら、箸を片手に匠は思わず表情を緩ませた。
整った顔に優し気な笑顔を浮かべている叔父の凌を見つめ、ほんのりと頬に熱が帯びる。
二十九歳で独身の彼は、柔らかな黒髪に穏やかな笑顔が印象的な、匠にとって一番身近な大人の男性だ。
小さい頃から兄のようにいつも傍にいた大好きな叔父に抱く感情が、“恋”であると気が付くのにそう時間は掛からなかった。
『しのくんと結婚する!』
なんて言っていたのは遠い昔のようで、今では叔父と姪が結婚などできるはずがないと知ってしまっている。
密かに胸に抱き続けているこの想いは、口の中で溶けてなくなるドロップとは違う。
募る想いは日毎に増すばかりで、今にも溢れてしまいそうだった。
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