甘い、甘い蜜の味──……。

泣いている私にくれるドロップは、いつだって甘くとろける甘美の味。

口の中で溶けて躰の一部になれば、貴方への気持ちも比例して、躰中に浸透していくの。




「ごめんなさい。私、好きな人がいるから」

高校に入学してから何度目になるか分からない言葉を発して、眞中 匠(マナカ ショウ)はぺこりと頭を下げた。

放課後に人気のない廊下へと呼び出され、目の前の男子生徒に「付き合ってほしい」と言われた彼女は、表情を一切変えることなく決まりきった言葉を口にする。

肩より長い艶めいた綺麗な黒髪に、透き通るような白い肌。
黒目勝ちな大きな瞳は猫のように愛くるしく、気の強そうな印象を与える。

身長163pのスレンダーな躰に、ほどよく肉付く柔らかな脚がスカートから伸びる。

美人というに相応しい彼女の容姿は、学校内でも言わずと知れた人気を誇り、このように告白されることは日常茶飯事だ。

「……好きな人って、やっぱり逸見?」

聞き慣れた名前が男子生徒の口から出ると、匠はふるふると首を横に振った。

「紫郎は友達」

「じゃあ、好きな人って誰?」

随分と踏み込んだ質問だ。
見つめられたら思わずどきりとするような強い眼差しで目の前の男子生徒を見据え、匠は静かに口を開いた。


「──……あなたの知らない人」


◇◇◇◇


高校3年生を迎えたばかりの匠は、中学生の頃から数えきれない回数の告白を受けてきたが、誰一人とも付き合ったことはない。
理由はもちろん、男子生徒に伝えたものと同じだ。

3-Aと書かれたプレートのある教室のドアを開くと、まばらに残った生徒達の中に友人である逸見 紫郎(イツミ シロウ)を認めて、匠はほっと安堵した。

「紫郎、ごめん、お待たせ」

「おー、おかえり。なんだって?」

「付き合ってほしいって」

「まぁ分かりきってたことだけど、わざわざ呼び出して告白とはよくやるよなぁ」

「連絡先とか一切教えてないからね」

「不便すぎて気の毒になるな」

「教えない時点で察してほしいんだけど」

溜め息混じりに言うなり匠の席に座っている紫郎の元まで行くと、机の横に引っ掛けてある通学鞄を手にした。

「好きな人は紫郎なのかって聞かれたよ」

「あー……その質問も恒例化してるな」

苦笑いを浮かべて紫郎は机に頬杖を付きながら、横に立つ匠へと視線を送った。

「で、なんて答えんの?」

「友達」

「そりゃそうだ」

そう言って納得したように笑う紫郎との付き合いは、中学1年の頃からになる。
小学生の頃から続いていた匠に対する執拗な嫌がらせに、クラスメイトだった紫郎が気付いて助けたのが仲良くなるひとつのきっかけだった。

それからは中学3年間を紫郎と共に過ごし、同じ高校を受験するまでの仲になった。
匠にとってのよき理解者であり、身内を除いて一番に信頼できる大切な存在だ。

「あ、今日夕飯の買い物に行くから、もう帰らなきゃ」

「じゃあ途中まで一緒に行く」

「夕飯はハンバーグの予定だよ。紫郎も食べてく?」

「いや、今日バイトだから。また別の日に頼む」

「そっか、分かった。しのくんがたまには食べに来いってさ」

「まじか、バイトない日に行かせてもらう。凌さんによろしく言っといて」

いつものように他愛のない会話をしながら席を立つと、二人は教室を後にした。




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