Episode.4



 嵐のような高嶺さんが去った後、お昼ご飯もまだだった私はマスターに促され、エプロンを外してカウンター席へと腰を下ろした。
 落ち着いたダークブラウンの木製カウンターテーブルは、美しい木目調で今日も綺麗に艶めいている。

「いやしかし、高嶺くんには驚いたな。いきなり告白って…白井、いつの間にあのイケメンを落としたの?」

 マスターの作ったオムライスを咀嚼していた私は、吹き出しそうになるのをぐっと堪えて、カウンター越しにコーヒーをドリップしているマスターを睨んだ。

「そんなの、こっちが聞きたいですよ。高嶺さんとはプライベートで関わったこともないですし。なんで急にあんなこと言われたのか、全然分かりません」

「ほー。でもありゃ全く諦める気なさそうだったぞ。どーすんの?」

「どうするも何も…」

 にやりと口角を上げて楽しそうな視線を投げかけるマスターに、私は困り果てて深い溜め息を吐き出した。

 高嶺さんは、マスターの言う通り所謂イケメンだ。顔が綺麗に整っているだけでなく、身長も高くてスタイルも良い。人懐こい明るい笑顔が印象的で、どこか育ちの良さを感じさせる立ち居振る舞いをする。
 敢えて気になる点を挙げるとすれば、少し変わり者なところだろうか。

 見目の麗しい穏やかな人に好かれて、嫌な気持ちになどなるわけもなく。平静を装ってはいるものの、私の心中は穏やかではない。
 オムライスを頬張っている今でも、実はまだどきどきと心臓がいつもより速く脈打っている。

 これだから、恋愛経験の乏しい人間は困る。

 恋人がいたのは三年も前だし、あんな風に目を見てはっきりと告白なんてされたのは、一体何年振りかと考えを巡らせる。

 だからと言って恋人のいなかった三年間、一度も恋をしなかった訳ではない。今でもずっと心の片隅で、どん底にいた私を救ってくれた“彼”のことを思い出しては胸を焦がしている。

 この喫茶店で働き始める前、雨の中途方に暮れていた私に傘を差し出してくれた、名前も知らないあの男性。

「…とにかく、高嶺さんのことは保留です。本気かどうかも分からないし」

「そ。では外野の俺は見守りましょうかね。今日は二つも記念日だな」

 「え?」とマスターの言葉に驚いて顔を上げると、食べ終わったオムライスのお皿と引き換えに、苺のショートケーキがことっと目の前に置かれた。それに続くようにして湯気が立ち昇ったコーヒーまで。

「誕生日おめでとう。今日は俺の奢りということで」

「わぁ、マスター、覚えててくれたんですか」

「そりゃあね。可愛い看板娘がここに来てからの三回目の誕生日ですから」

「ふふ、ありがとうございます。でも、二つの記念日って何ですか?」

「だから、告白され記念日」

 からかうような口調でマスターはそう言うと、お会計に立ちあがった常連のお客様に気付いてレジの方へと向かった。

「もぉ」

 私は息を吐き出すように小さく声を漏らすと、真っ赤に艶めいた苺がのったショートケーキを口に含んだ。ふんわりとしたスポンジに、生クリームのとろりとした甘味が口内に広がって、一気に幸せな気分にしてくれる。

 花瓶に飾られた青いバラをそっと見つめて、高嶺さんの優し気な瞳を思い出し、私はほんのりと頬が熱くなるのを感じた。

 この幸福な気持ちは、美味しいケーキと、美しく咲き誇るバラのせいに違いない。

 きっと、それだけ。




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