ひみつ基地


11



「ねぇ、礼に用があるなら帰ってからでもいいんじゃないの?」

木構造で出来た和造りの弓道場前で、澄は隣に立つ律へと視線を向けた。
涌井に挨拶を済ませて律の元に戻って来た澄は、そのまま真っ直ぐ家に帰るものだと思っていた。

ところが律は何を言うでもなく歩き出し、この弓道場へと迷いなくやって来た。
日が落ちて暗くなり始めているこの時刻は、早ければそろそろ部活動が終了する頃合いだ。

澄は初めて来た弓道場を前に、どこか緊張した面持ちで入り口の引き戸を見つめた。
道場前では矢を射る音が心地よいリズムで響き渡っている。

澄の言葉に返事を返すことなく、律は躊躇いなく道場の引き戸を開けた。
靴箱が立ち並ぶ玄関部で、戸が開いたことに気付いた弓道着に身を包んだ女子生徒が顔を覗かせる。

「あれ、如月くん?弓道場に来るなんて、どうしたの?誰かに用?」

髪をひとつに結い上げた女子生徒は、どうやら一年らしい。
律と顔見知りのような彼女は、いるはずのない人物を見て不思議そうに首を傾げた。

「…いるだろ、俺の兄貴が。呼んで」

「え?兄貴…?だれ……って、まさか如月先輩?」

「他に誰がいんだよ」

「うそ!兄弟だったの!?」

「……いいから、早く呼んでくれ」

面倒くさそうに溜め息を付きながら律が促すと、女子生徒は短い悲鳴を上げながら奥へと引っ込んでいった。
明日にはすっかり礼と兄弟であることが広まっているだろうと思うと、律は嫌そうに顔を歪めた。

奥の方で複数の女子生徒が騒ぐ声が届くと、弓道着姿の礼が現れた。
白い道着に黒の袴を身に着け、足袋を履いた足元からは音も立てず静かな足取りで近付いて来る。

「律…、どういう風の吹き回しだ。お前が兄弟だってことは黙ってろって言うから、俺も口裏を合わせてやってたのに」

「…別に、どうでもよくなった」

「お前…、ほんといい加減だな…。それで、わざわざ道場まで来てどうしたんだよ?」

素っ気ない律の返答に礼は呆れたように息を吐くと、そのいい加減な弟へと視線を向ける。
律がここまで出向いて来るのは、余程のことではないかと僅かに身構える。

「一緒に帰ろうぜ、お兄様」

「……待った、すげぇ寒気がした。気持ち悪い」

ゾッとしたように身震いして、両手で腕を摩る。
聞いたこともない言葉が弟の口から出たことに、礼は心底嫌そうに顔を顰めた。

「ほぉ、いいんだなその態度で。後悔すんぞ」

律がにやりと口角を上げると、その後ろからひょっこりと澄が顔を出した。

「…澄」

「礼、お疲れ様」

笑顔でそう言う澄を見て、礼はすぐさま状況を察した。
確かに律が一人で自分の所に来るわけがない。

「んじゃ、礼が嫌そうなんで俺らは帰るわ。澄、行くぞ」

「え…?帰るの…?」

澄の手を引いてさっさと踵を返す律の姿に、礼はうんざりしたように眉間の辺りを押さえた。

「…ちょっと待て律、分かったから。もう上がれるから、少し待ってろ」

勝ち誇ったような律の笑みが、とんでもなく憎たらしいなと礼は思った。





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