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律をグラウンドの外で待たせ、陸上部の活動スペースまで澄は走って戻った。
丁度片付けを行っている涌井の背中を見つけ、急いで駆け寄っていく。
「涌井先輩!」
呼びかけに振り向いた涌井は、澄を認めるなりぱっと表情を明るくした。
「逢坂さん!よかった〜戻って来てくれて。荷物どうしようかと思ったよ」
「すみません、急にいなくなったりして」
「大丈夫だよ、気にしないで」
涌井は穏やかな笑顔でそう応えると、澄の目線に合わせて躰を屈めた。
「…よかった、元気になったみたいだね」
安心したような優しい声色に澄はこの場で泣き出した自分を思い出し、気恥ずかしさに赤面した。
とんだ醜態を晒してしまったような気がする。
「ご、ごめんなさい…、びっくりさせてしまって…。もう大丈夫です…」
「うん、そうみたいだね。今日はもう帰るでしょ?来てくれてありがとう。また気が向いたら来てくれると嬉しいんだけど」
何も追及することなく笑顔で言葉をくれる涌井の気遣いに澄は安堵する。
もじもじと両手の指を絡ませ、相手を窺うようにちらりと上目遣いで視線を向けた。
「あの…、走りたくなったら、また…来てもいいですか…?」
恥ずかしそうにそう言う澄を見て、涌井は嬉しそうに満面の笑みで頷いた。
「もちろん!待ってるよ」
涌井の笑顔につられるようにして澄も笑みを見せると、挨拶もそこそこに鞄を持って律の待つ場所まで戻って行った。
軽やかに走って行く澄の後ろ姿を眺めている涌井の元に、陸上部の後輩である一年女子がひょっこりと現れた。
「逢坂さんはやっぱり如月くんと付き合ってるんですかね〜?部長あっさり逢坂さんのことかっさらわれてましたね」
「………またそういうこと言う」
後輩の遠慮のない言葉に、涌井はばつが悪そうに苦笑した。
「なんて言うか部長って、いい人止まりでいつも終わってそうですね」
「なんでそれを…、というか、逢坂さんのことはそういうんじゃないから」
「そうなんですか?走ってるところ、かっこよかったですね。ちゃんとした格好で走ってたらもっと速そうだったので、入部してくれないのは残念です」
「…そうだね。まぁ、無理されるより元気でいてくれる方がいいかな」
「………愛ですか?」
「だから、違うって」
中学の時に大会で、たまたま走ってる彼女を見た。
彼女の走ってる姿が目に焼き付いて、ずっと忘れられなかった。
もう一度、走ってる姿を見たかった。
……なんていうのは、自分だけの秘密にしておこう。