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三階にある一年C組の教室内で、律は気怠そうに自席の机に頬杖をつきながら紙パックに刺さったストローを口に銜えていた。
校内の自動販売機で買える100%オレンジジュースが喉を潤す。
ほとんどの生徒がいなくなった放課後の教室で、比較的仲の良いメンバー三人と何をするでもなく談笑しながら居残っていた。
「律―、お前今日バイトは?」
「休み」
「お、まじか。じゃあこの後どっか行くか!」
明るく提案する友人を一瞥し、すぐに視線を明後日の方へと向ける。
返事を返さない律のことなどお構い無しに、二人の男子生徒は楽しそうにこの後の予定を話し合いながらベランダにいるもう一人の生徒に声をかけた。
「相良―、お前も行くだろ?」
「あー…うん。…なぁー律、あそこにいんの最近お前が朝一緒にいる逢坂さんじゃね?」
相良(サガラ)と呼ばれた男子生徒はベランダの手摺に両腕を乗せながらぼんやりとグラウンドに視線を向けている。
澄の名前が出たことに律はぴくりと反応を示すと、オレンジジュースを片手に徐に立ち上がった。
「おや、興味示した」
先程まで全く会話に参加する気のなかった律がベランダに出る様子を二人の生徒は目で追いかける。
相良の隣で同じようにベランダの手摺に両腕を乗せると、律はグラウンドに視線を向けながらオレンジジュースを口に含んだ。
「あれ、逢坂さんだろ?」
「……そうだな。お前よくあんな遠いの分かったな」
「俺視力いいから。逢坂さんって陸上部だったんだ」
相良の言葉に律は返事を返さないままグラウンドにいる澄の姿を見つめた。
三階の教室からグラウンドまでは距離があり、生徒一人一人を誰か判別するのは難しい。
「どこどこ逢坂さん、全然見えねーんだけど」
室内に残っていた二人も興味津々といった様子でベランダに出て来ると、目を細めて遠くを眺める。
「どれが逢坂さんか分かんねー。つーか律はいいよな〜、いつの間に逢坂さんと仲良くなったんだよ。可愛いって結構人気あんだぞ」
「そうそう、一緒にいる遠山さんも可愛いよな。A組の女子レベル高くてまじ羨ましい」
「クラス違うと全く話す機会ないもんなぁ〜。紹介しろよ律」
隣でぼやくクラスメイトを横目に律は興味無さそうに無視し続ける。
制服姿でグラウンドにいる澄が男子生徒に案内されるように移動しているのが目に映る。
澄が現在陸上部に所属していないことぐらいは律でも知っていた。
「なぁ、カラオケ行かね?腹も減ったしなんか食おーぜ」
一人が明るい声で提案するが、律の耳には最早届かない。
眉間に皺を寄せて驚いたような表情を僅かに見せると、空になった紙パックをぐしゃりと握り潰した。
「…わりぃ、帰るわ。また今度な」
「え、おい律…!」
紙パックをゴミ箱に投げ捨て自席から鞄を奪うように引っ掴むと、律は走って教室を後にした。
律が急いでいることなど普段皆無に等しい為、クラスメイトの二人は目を丸くして呆然と教室の入り口を見やる。
「……相良、律のやつ急にどうしたんだ。あんな急いでんの初めて見た」
「さぁ?用事でも思い出したんじゃない?……あ、逢坂さん走るのかな」
マイペースな相良の言葉が外の空気に吸い込まれる。
視線の先で、澄がトラックのスタートラインに立っていた。