ひみつ基地





教室前の廊下で涌井と向き合った澄は、緊張して俯いたまま目の前の相手をそっと盗み見た。
穏やかな笑みを浮かべる涌井は、清潔感があり爽やかな見た目のまさに好青年という印象だった。

「急に呼び出してごめんね。時間ないから単刀直入に言うんだけど、逢坂さん陸上部に入らない?」

「え……?」

唐突な申し出に、澄は驚いて顔を上げる。
目が合った瞬間、涌井は人懐こい笑顔を見せた。

「実は他校の陸上部に中学が逢坂さんと一緒だった知り合いがいてさ。そいつに逢坂さんのこと聞いたんだよね。すごく速かったんでしょ」

「あ…、いえ…、そんなこと…」

澄は涌井の笑顔に思わず顔を伏せると、居たたまれない気持ちになった。
まともに走れていたのは中学二年までの話だ。
それ以降はぼろぼろで、目も当てらないような状態だった。

「あの…どこまで聞いてるか分からないんですけど、私…今はもう走ってないんです。中学の時も後半は全然ダメで……なので、陸上部に入る気は……」

「…聞いてるよ、中二の後半から元気なかったって」

申し訳なさそうに声を落とす澄に対して、涌井は優し気な笑顔を向けたまま言葉を続けた。

「うちの部活、三年が引退してかなり人数減っちゃったんだよね。だからダメ元で逢坂さんのこと勧誘してる。無理強いはしないけど、一回だけでいいから見学に来てくれないかな?」

涌井の言葉に、胸が詰まる思いがした。
断るのも申し訳なくなるほどのこちらを気遣う姿勢に、澄は僅かに逡巡した。
どうしようかと迷いながらも、小さく頷いて見せる。

「…見学だけでいいなら」

躊躇いがちにそう呟くと、涌井はぱぁっと顔を明るくした。

「やった、ありがとう!いつなら来れそう?」

「…今日は書道部が休みなので、行けると思います」

「よかったぁ〜!今日は雨も降らなそうだし、放課後グラウンドに来てくれるかな」

「分かりました」

話がまとまったところで丁度一時限目始まりの予鈴が鳴り響き、涌井は「本当にありがとう!」と最後に叫びながら慌てて自分のクラスの方へと戻って行った。


…可愛らしい人だな、涌井先輩って。


走って行く涌井の後ろ姿を眺めながら、澄はそっと微笑んだ。





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