ひみつ基地




「お前さぁー、最近なんなの」

朝の登校時間。
バスを降りて学校へ向かう道中、隣を歩く律から溜息混じりの言葉が降って来た。

「なんなのって、何が…?」

言葉の意味が分からず怪訝な表情で澄は相手を見た。
すっかり律と一緒に学校へ登校するのが日課になりつつある。
律に言わせると「たまたま」らしいのだが、その割には澄が来るのを待っている節があるのだから素直じゃない。

「…気付いてねーのかよ」

律は呆れたようにそうぼやくと、不思議そうに眉根を潜めた澄の顔を覗き込む。

「唇、この間からずっと気にしてるだろ。怪我でもしてんのかよ?」

何の気なしに律の指先が澄の唇に触れる。
その仕草にほんの一瞬あの日の礼を重ね、澄は思わず息を詰めた。

礼とキスをした日から数日経った今でも、あのキスが忘れられない。
無意識に唇に触れてぼんやりしている澄の姿が、律には不思議でしょうがなかったのだ。

「け、怪我なんてしてないよ…!」

かぁっと頬を赤らめて顔を背ける澄の様子が、既に律に対するいつもの反応ではない。
不自然な彼女を見て律は数秒思考を巡らせると、にやりと口角を上げた。

「…お前、さては礼と何かあったな。その様子じゃキスでもされたのか?」

的確に言い当てたその言葉に澄は驚いて律を見ると、みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げた。

「……なんだ、まじかよ」

澄の反応が肯定を示すと、律も意外そうに目を丸くした。

「…礼のやつ、案外手が早かったな。つっても今更か、初めてじゃねーもんな」

笑いを含んだ言い方でそう言うと、顔を真っ赤にして押し黙る澄の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。

「ちょっとやだっ…!律…!」

「何しおらしくなってんだよ」

ぼさぼさになった髪を手櫛で直しながら、澄は恨めしそうに律を睨んだ。
にやにやと悪戯に笑う姿が、まるで子供のようだ。

「…キス以上のこととっくにしてんのに、今頃そんな初々しい反応すんなよ」

澄の瞳を覗き込むようにして低い声で追い打ちをかけると、口許に不敵な笑みを浮かべる。
子供のような表情が一瞬で変化し、僅かに目にかかる前髪の隙間から鋭い瞳に射抜かれた。
色素の薄い礼の瞳とは違う、律の瞳の色は限りなく黒に近い。

「俺が思い出させてやろうか、あの日のこと」

口許に笑みを浮かべたまま静かに言葉を吐き出す律の姿に、澄は息を呑む。


…知らない律がいる。


中学生までの律は、こんな表情をするタイプではなかった。
どちらかと言えば単純で分かりやすく、子供のように悪戯に笑う。
今見せている感情の読み取れないような笑みは、澄の知らない律の姿だった。

空白の二年弱の間に律の心境にどんな変化があったのか、澄は知らない。

驚いて言葉を失っている澄を見つめていた律は肩を震わせ、堪えきれずに吹き出した。

「っ…くく、アホか、お前になんか手出さねーよ!」

けらけらと楽しそうに笑う律の姿を、澄は呆然と見つめた。
笑い続ける律の様子を学校の生徒が数人視線を送りながら通り過ぎて行く。

からかわれたのだと察した時には、澄の怒りも膨らんでいた。

「律って、ほんと最低っ…!学校の子に結構見られたし、また変な噂たてられるじゃん!」

「知るかよ、んなこと。どーでもいいだろ」

「私が律の新しい彼女だと思われてるんだよ!」

「へぇ、おもしろ。別に今彼女いねぇーからいいんじゃん」

「〜〜っ、私がよくない…!」

「あっそ、んじゃ弁解頑張れよ」

まるで他人事のように言いながら律はさっさと先を歩き出す。
掴みどころのない飄々とした態度に、澄はわなわなと躰を震わせたまま暫く動けなかった。





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