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父の実家である瓦屋根の昔ながらの家に澄は住んでいる。
祖父は物心付く前に亡くなり、澄が小学生の頃には祖母も他界した。
今は父と母の家族三人暮らしに、いつの間にか住み着いていた白黒のぶち猫、コタロウがいる。
洋風の家に憧れたこともあったが、広い敷地に縁側の付いた今の家が好きだった。
小さい頃は縁側に座って幼馴染三人でよく日向ぼっこしていたことを思い出す。
澄は家の前の道路に出ると、田んぼ道へと続く如月家との合流地点に律の姿を捉えた。
制服姿でズボンのポケットに両手を入れたまま手持ち無沙汰に立っている。
「律、おはよう。もしかして私のこと待ってたの?」
「はぁ?待ってねーよ」
視線だけを澄に向けたかと思うと、律は直ぐ様真っ直ぐに続く田んぼ道を歩き始めた。
いつも澄が通学する時間帯に、礼と律はいない。
顔を合わせないように三人がそれぞれ時間をずらしていたからだ。
素直じゃない律の様子に澄は笑みを溢すと、彼の隣を歩き出した。
「今日も天気悪いね。雨降らないといいけど」
「…そうだな」
ぶっきらぼうだが澄の歩幅に合わせて隣を歩く律はどうでもよさそうに返事を返すと、ご機嫌な様子で歩いている彼女を一瞥する。
「……お前、体調大丈夫なのか?」
「え?」
「昨日…雨に濡れただろ」
こちらを見ることなく問いかけてくる律にきょとんとして澄は首を傾げると、気が付いたようにぱぁっと笑顔になった。
「大丈夫!この通り元気だよ!昨日のことがあったから、私のこと心配して待っててくれたんだね。ありがとう、律」
「…お前、本当におめでたい頭してんな。バカが風邪なんて引くわけねーの忘れてたわ」
「律は昔から素直じゃないし口が悪いし可愛くないよね」
「可愛いなんて思われたくねーよ。気色わりぃ」
口を開けば言い合いになるのも、昔から変わらない。
主に律の照れ隠しが原因ではないかと澄は推察している。
「あー、あとそういやお前、もう一人であの場所に行くのやめろよ」
「え、なんで?」
「なんでって…、危ねーからだろ」
不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、律は頭を掻いた。
「でも、もう雨の日は行かないようにするよ」
「…だから、そういう問題じゃなくて。うちのじーちゃんの土地だからって、変質者みたいな変なのが入って来ないとも限らねーだろ。女のお前があんなとこに一人でいんのは危ないからやめろ」
諭すように語気を強めてそう言われ、澄はぐっと言葉を飲み込んだ。
最もなことを言われて、返す言葉もない。
しょんぼりと項垂れた澄の姿に、律は面倒くさそうに溜め息を漏らす。
「…どうしても行きたい時は、俺か礼を誘えよ」
ぼそりと呟かれた一言に、澄は顔を上げて律の方を見た。
相変わらずの不機嫌そうな表情でそっぽを向いている。
「律も誘っていいの…?」
「…勝手にしろよ。気が向いたら付き合ってやる」
言い方は冷たいが、律が自分のことを思いやってくれていることを痛いくらいに感じた澄は、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「何へらへら笑ってんだよ。気持ちわる」
いつもの口の悪さすらも今は照れ隠しだとはっきり分かってしまうのだから、緩んだ顔を元に戻すのは難しそうだった。