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目覚ましの音が鳴るよりも早く、澄はふと目を覚ました。
薄手の掛布団の中で何度か躰を反転させ、カーテンの隙間から僅かに見える空模様を確認する。
部屋の薄暗さで察してはいたが、相変わらずの曇り空だ。
澄は「う〜」と唸り声をあげて布団の中で蹲ると、何かを思い出したようにがばっと勢いよくはね起きた。
慌ただしく部屋を飛び出し、階下のキッチンで朝食の準備をしている母の清美(キヨミ)に手短に朝の挨拶を済ませる。
「お母さん、おはよう!」
「あら、澄。おはよう。今日はいつもより早いのね。ご飯はどうするの?」
「すぐ食べるー!」
返事を返しながらばたばたと足音を立てて洗面所に向かい、素早く顔を洗って歯磨きを済ませ、鏡の前で自身の顔を確認する。
にぃっと笑顔を作り、洗面台に飾られた小さなデジタル時計を横目で見やる。
「わっ!やばい!」
「ちょっと澄、そんな格好でどこ行くの?」
「新聞取ってくるだけ!」
パジャマを着たまま落ち着きなく玄関に向かう澄の姿に、清美は怪訝な顔で首を傾げた。
「新聞ならもうお父さんが読んでるわよ」
背中に投げかけられた言葉を聞こえないふりでやり過ごし、澄は玄関に出しっぱなしになった父の健康サンダルを足に引っ掛け外に出た。
玄関外の自宅敷地内を走って家の前の道に出ると、如月家のある方面へと顔を向ける。
「間に合った…」
ちょうどこちらに向かってくる制服姿の男子高校生が、澄を視界に捉えて顔を上げた。
「澄…、またそんな格好で何してんだ」
両耳にしていたイヤホンを外して、呆れたように礼は眉を顰めた。
半袖のシャツに太腿も晒した半ズボンのイチゴ柄パジャマを着た澄が目の前にいるのだから無理もない。
「おはよう!よかったぁ〜、夢じゃなくて」
「夢って…何が」
「礼が普通に話しかけてくれたから。昨日のこと夢じゃないかって心配で…どうしても確認したくて急いで出て来ちゃった。礼は朝早いもんね」
そう言って満面の笑みを向ける澄を見て、礼は思わず視線を逸らした。
僅かに熱くなる頬を隠すように口許に手の甲を持ってくる。
「…そんなに嬉しそうな顔するなよ。照れる…」
「え?礼、照れてるの?どれどれ?」
「…いいから」
嬉しそうに顔を覗き込んで来ようとする澄の顔を手で制す。
顔を覆う礼の手の隙間から笑い声を漏らす澄の笑顔が、子供のように無邪気で眩しい。
「ったく…、寝癖付いてるぞ」
澄の顔から手を離すと、そのまま彼女の跳ね上がった髪を押さえるように手で撫でた。
滑らかな綺麗な髪は、するりと指を抜けていく。
「…早く準備しないと遅刻するから、もう戻りな」
礼にそっと前髪を掻き分けられ、澄はくすぐったそうに頷いた。
「じゃあまた後でね。いってらっしゃい」
手を振って礼に背を向けると、澄は自宅の方へと走って戻って行った。
「相変わらず落ち着きねぇな、ほんと」
彼女の後ろ姿を見送って苦笑すると、礼は右腕に付けた腕時計を確認する。
毎朝乗っているバスの時刻が迫っているが、最早そんなことはどうでもよかった。
昔と同じように自分に向けられた澄の笑顔が、朝の気怠い気分を晴らしてくれたのだから。