15
一瞬にして変わった空気に、澄は不安気に二人の様子を窺った。
“昔のようには戻れない。絶対に”
律の言葉が頭を過る。
自身の腕の中で澄が躰を強張らせた事に気付いた礼は、そっと彼女を開放した。
「……澄、昔みたいに戻るのは無理だ」
礼の静かな口調で放たれた言葉に、澄は赤くなった瞳を揺らした。
「…どう、して……?」
今にも消え入りそうな震える声でそう口にすると、礼の顔を見つめた。
さっきまで自分を包んでくれていた温かい体温が、どこか遠くへ行ってしまったような気がした。
礼はちらりとズボンのポケットに手を入れたままそっぽを向いている律へと視線を送る。
会話に参加する気のない律の様子に小さく息を漏らし、再び澄の方へ視線を戻した。
「…澄が戻りたい昔が、いつのことなのか分からないけど。ただの幼馴染だった頃に戻りたいのなら、それはできない」
「俺たちの関係はあの日に…、とっくに変わってたんだよ」
あの日。躰を重ねた日に。
「…俺は小さい頃からずっと、澄のことが好きだった。離れてる間も、その気持ちは変わってない」
なんの躊躇もなく口にされた告白に、澄は目を見張った。
二人を傷付けた時から、そんな気持ちはもうあるはずないと思っていた。
礼は驚いている澄に顔を近付けると、彼女の頬に優しく触れる。
「何度も何度もあの日を思い出しては、後悔した。それと同時に、もう一度澄に触れたかった」
「お前の全部を知った後で、知らなかった頃には戻れない。あの日と同じこと…俺は澄にしたいと思ってる」
礼の言葉の意味を理解した澄は、頬が熱くなるのを感じた。
どきどきと心臓が高鳴り、礼のすべてを見透かすような鋭い瞳から目を逸らすことができない。
「…澄が俺たちのことを、自分の兄弟みたいな存在だと思ってることもなんとなく分かるけど…」
潤った澄の唇をゆっくりと親指でなぞりながら、お互いの吐息がかかる距離まで礼の顔が近付いて来る。
今にも唇が触れそうな至近距離で、低く艶やかな声が鼓膜を刺激する。
「これから一緒にいることを望んでくれるなら、俺たちのことをただの幼馴染じゃなくて、ちゃんと男として見てほしい。俺は澄とキスしたいし、それ以上のこともしたいと思ってるってこと、分かっていてほしい」
色素の薄い茶色の瞳に吸い込まれそうになりながらも、澄は真剣な礼の言葉を受け止める。
真っ赤な顔で礼を見つめたまま、小さく頷き返す。
「分かっ、た…。二人のことちゃんと男の人として、見る…。ちゃんと礼の気持ち…考える…」
心臓が鼓動を速め、最後の方は思わず礼の視線から逃げるように目を伏せた。
小さい頃から知っている幼馴染とは違う。
今の礼は否が応でも「男の人」であると意識してしまうのだから。