ひみつ基地


10



手にしていた傘がなくなり視界が開けると、そっと礼の顔を見上げた。
口許に浮かべた笑みはどこか切なく、憂いな表情が端正な顔立ちをより美しく見せる。
隠しているつもりだろうが、他の誰に分からなくても澄には分かる。

彼は、澄の言動に傷付き、苛立っている。

「…礼、そうだよ。私…最低なの」

真っ直ぐに礼を見つめて、彼と向き合う覚悟を決める。
嘘も偽りも、もう必要ない。
子供だったあの頃とも違う。
言葉で伝える術を、今はもう持っている。

「私、友達の気持ちを利用したの。きっかけが欲しかったから。礼と話すきっかけと、礼に話かける勇気が欲しかった」

「それができるなら、何でもよかった」

最低だって分かってた。
何も知らない華恋の気持ちを利用した。
自分の為だけに。

澄の言葉に然程驚く様子も見せず、礼は彼女の凛とした瞳を受け止めた。

「それで…?そこまでして俺と何を話したかったの?」

「うん…あの、…今日ね、律と話したの。あの場所で」

「……へぇ、アイツまだあそこに行ってたんだ」

思いがけず弟の名前が飛び出し、関心したように言葉を返した。
律の名前が出るだけで、ほんの一瞬兄の顔を見せる礼が微笑ましい。

「…多分、雨の日に時々行ってたんだと思う。私…雨の日は行かないようにしてたから」

「まぁ、行くなって言ってたからな、俺たちが」

「そうだね…、いつも私のこと心配してくれた」

思い出して自然と笑みが溢れた。
如月兄弟は澄に対して少々過保護だったような気もする。

「律と話して、私…二人のこと凄く傷付けてたこと…今更になって気付いたよ」

「あの時、私は自分のことしか考えてなかった。二人のことをもっと…、もっと考えなくちゃいけなかったのに…」

消え入りそうな声でそう言うと、両手をぎゅっとお腹の前で握り合わせた。
どきどきと心臓が鼓動を速め、震えそうになる手を握って鎮める。

そんな澄の様子に気付いた礼は小さく溜息を漏らすと、手にしていた彼女の折りたたみ傘を徐に畳み始めた。

「澄、あの頃のことはお前が気に病むことじゃない。俺たちに責任があるし、お前のとった行動は別におかしくもない。俺たちのことは、もう気にしなくていいから」

綺麗に畳んだ傘を澄に差し出すと、「帰ろう」と静かに言葉を続ける。

“もう気にしなくていい”

礼の口から出た言葉は、澄を拒絶している。
律が言っていたように、もうすべて遅いのかもしれない。
それでも…、

「礼…、私が二人から離れた理由は、あの日のことが原因じゃないの」





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