ひみつ基地




どうやって帰って来たのかは、よく覚えていない。
覚えているのは、律のことだけ。

足場の悪い暗い道を歩きながら、律が差し伸べた手を握り返したこと。
暖かい大きな手に包まれて、安心したこと。
何度も振り返っては歩幅を合わせてくれていた、律の背中。

小さい頃から変わらない優しさを、思い知るほどに苦しい。


「なんでこっちに来てんだよ」


澄の家とは逆方向に向かう律の後ろを付いて歩くと、彼は不機嫌そうに顔を顰めた。
「如月」と書かれた自宅の表札前で足を止め、玄関外の明かりに照らされた澄を見下ろす。

「えっと…、礼とも話したくて。今家にいるかな?」

「あのなぁ…、そんなみすぼらしい姿で来んな。一回家に帰って着替えて来いよ」

「今…話したいの」

真剣な澄の言葉に律は嫌そうに表情を歪めると、頭を乱暴に掻きむしった。

「あ〜、ほんと頑固な女だな、風邪引いても知らねぇかんな。ちょっと待ってろ」

言うなりさっさと家の中に入って行ってしまったかと思うと、バタバタと室内を駆ける音が響き、すぐにまた姿を見せた。

「アイツまだ帰ってねぇぞ。どうすんだよ」

「ここで待ってる。律は気にしないで中にいて」

「…どうせそうなるだろうと思ったけどよ」

ぶっきらぼうにそう言ったかと思うと、律は手にしていたバスタオルを澄の頭に被せるなりわしゃわしゃと盛大に拭き上げた。

「きゃっ、ちょっと律!」

「ふっ…、変な頭」

ぼさぼさになった澄の短い髪を見て、悪戯な笑みを見せる。

「っ…律がしたんでしょ!」

慌てて髪を整える澄にはお構いなしに、躰を包むようにバスタオルを彼女の肩にかけてやる。
濡れた制服のシャツに被せられたタオルは、ふんわりと温かくいい香りがした。

「…アイツに何か言ったって、同じ結果だと思うけど」

冷静な声音で呟く律を見上げて、澄は小さく頷いた。

「それでもいいの。渡すものもあるし…礼が律と同じ勘違いをしてるなら、それだけでもちゃんと伝えたい」

「今までずっと逃げてきたから…ちゃんと向き合いたいの」

「…あっそ。まぁせいぜい頑張れよ」

興味無さそうに短く返事を返すと、律は玄関へと戻って行く。


「律…、ありがとうっ…」


振り返ることなく右手だけ挙げて応えると、律の姿は家の中へと消えて行った。






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