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雨に打たれながら、澄は呆然と律の姿を見つめていた。
大切なことは、なに一つ言えていなかった。
十四歳の自分はまだまだ子供で、思春期真っ只中で、気持ちを言葉にして伝える術を知らなかった。
言わなきゃ分からないのに。伝わらないのに。
大事なことを怠った。
その罰がもう二人の元に戻れないことだとしたら、受け入れる以外にはないのかもしれない。
「律…、あの日言ったこと、覚えてる…?」
「二人が…私のこと想ってくれてるって。いつか、どちらかを選んでほしいって」
それは、仲良しだった幼馴染からの突然の告白。
律と、もう一人。律の兄からの。
「私、分からなかったの。自分の気持ちが。二人のこと大好きだけど、この気持ちが恋なのか…二人と同じ気持ちなのか…分からないの、今もまだ」
ぽつりぽつりと言葉を選ぶように話し出した彼女を、律は静かに見つめていた。
雨の音にその声がかき消されないよう、一言も彼女の声を聞き逃さないように。
「…怖かったの。二人のどちらかを選ばなきゃいけないことが。選んで、二度と三人でいられなくなることが……怖かった」
「だから、だから私…」
「……だから、離れた?」
言葉を拾うように律がそう繋げると、ふっと澄の頭上に影ができ、雨が止んだ。
見上げた先に、傘を差した律がこちらを見下ろしていた。
手を伸ばせば触れることができる距離に、律がいる。
「…お前、好きな女に告った次の日にシカトされる思春期男子の気持ちが分かるか」
小さく溜め息を漏らしながら、律は顔だけを横に向けた。
遠くを見つめるその瞳が何を見ているのか、今の澄には分からない。
左耳に光る一粒ピアスが、知らない彼の姿を垣間見せた。
「…傍にいてほしかったよ、選ばない選択だったとしても。俺たちは、お前の傍にいたかった」
「でも…、もう遅い」
全身で澄を拒絶するようにそう呟くと、濡れた状態の彼女を真っ直ぐ見下ろした。
「お前が今後どうしたいのか知らねぇけど、断言してやるよ。昔のような関係にはもう戻れない。絶対に」
冷たく放たれた声は、本当に律のものだろうか。
知っているものよりずっと低い声。伸びた身長。
知らない「男の子」を見ているような、そんな錯覚に襲われる。
「…帰るぞ。風邪引かれても困る」
これ以上の会話を拒むように律は言うと、荷物を取りに戻るよう澄に促す。
靴を履かずに飛び出した彼女の足元はぐっしょりと泥水を吸い込んで汚れていた。
髪の毛から落ちる水が頬を濡らして、まるで自分の涙を代弁しているようだと思った。
泣く権利なんてない。
澄は言い返す言葉も見つからないまま、静かに頷いた。