Episode.3



襟付きの真っ黒なフレアワンピースに、肩に控えめなフリルがあしらわれた白のエプロンを身に着けた雛は、全身鏡の前で入念に自身の服装を確認した。
長袖にロング丈のワンピースは、寒さの残るこの時期には丁度良い。

「かわいい服…」

夏になると袖とスカートの長さが変わるらしいという事を聞き、一層興味が湧いた。

所謂メイド服に身を包んだ雛は、今日から始まる使用人の仕事にわくわくと胸を躍らせていた。
西園寺で何不自由なく暮らしてきた雛にとって、働くことは初めての経験なのだ。
その上使用人の仕事とは、お嬢様の自分にとっては縁が深い。

肩にかかる緩やかにウェーブした栗色の髪を、慣れた手付きで両サイドにふんわりと三つ編みを作り上げる。

「あとは」

ベッド脇のサイドテーブルに置かれた眼鏡をかければ完成だ。
ダークブラウンに縁どられたボストン型の伊達眼鏡は、葵が用意してくれたものだった。

「なかなか似合うのでは」

鏡の前で一人満足気にきりっと顔を作りあげていると、ドアをノックする音が室内に響いた。
「やばっ!」と慌ててドアを開けば、案の定執事の葵が無表情でそこに立っていた。

「雛さま、遅いですよ」

「ごめん、ちょっと準備が…」

「準備に時間が掛かるのでしたらもう少し早く起きるようにしてください」

「ぬうう…分かったわよぉ。…葵、小姑みたい」

「なんでも結構ですが、この部屋から出たら言葉遣いは直してくださいよ」

相変わらず表情を変えることなく葵はそう指摘すると、促すような視線を雛へと向けた。
日頃から感情を表に出すことの少ない彼だが、怒ったり悲しんだりする姿を雛は見た事がない。
唯一笑顔だけは頻繁に見せるが、それは寧ろ人を欺き自分自身を隠す仮面のようで、どこか見る度に切なさを覚える。

いつになったら彼は、素の自分というものを見せてくれるようになるのだろうか。

「えーっと…、私はお母さんの旧姓の北村雛。葵のことは…柏木さん…って呼べばいいんでしょ?」

「そうですね、昨日特訓した件は大丈夫ですか」

「大丈夫!…です。敬語ぐらい使えるよ。いえ…使えますよ!」

「…心配ですね、仕事ですから気を付けてくださいね」

「はぁい」

「返事は「はい」でお願いします」

「……はい、柏木さん」

ふて腐れたような表情で返事を返す雛を見て葵は小さく笑みを漏らすと、そっと彼女の顔を覗き込むようにして顔を近付けた。

「言うのが遅くなってしまいましたが…その格好、とても良くお似合いですよ。こんな可愛らしいメイドにお世話をして頂ける方が羨ましい」

近付いた端正な顔からそう言葉が発せられると、雛はほんのりと頬を赤らめた。

「…もう、ずるいんだから」

いつものようにあっさりと自分の機嫌を直してしまう葵を見て、雛は恥ずかしそうに微笑んだ。
惚れた弱みと言うものか、葵にはいつだって敵わないのだ。





  
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