Episode.2



「雛さま、早く準備をしてください。朝食の時間に遅れますよ」

黒いスーツを一切の隙なく見事に着こなす細身の長身の男は、美しく整った顔をお嬢様である雛へと向けた。
一八〇センチを超える身長に、柔らかく艶めいた黒髪。
透き通った白い肌は女性のような透明感があるものの、二重瞼の切れ長な瞳がどこか男らしさも感じさせる。
眉目秀麗というに相応しいその顔立ちは、大半の女性の心を魅了する。

雛にとっても、それは例外ではない。

「分かってるから、部屋から出てって!着替えられないでしょ!」

そう言って自分に忠実に使える男、柏木葵(カシワギ アオイ)の背中をぐいぐいと押した。

彼は十四の時から西園寺邸で暮らし、高校卒業と同時に西園寺の一人娘である雛の専属執事となった。
今年で二十五となる彼は、雛の父である西園寺拓郎(サイオンジ タクロウ)から絶対的な信頼を得ている。

「お手伝いしなくて宜しいのですか?」

「いいってば!からかわないで…!」

「失礼しました、では必要であれば声をかけてください。脱がせるのは得意ですから」

「〜〜っ、ばかっ…!」

顔を真っ赤にして葵を部屋から追い出すと、雛はへなへなとその場に座り込んだ。

「もぉ〜…人の気も知らないで…」

熱くなる頬を両手で覆い隠し、どきどきと高鳴る鼓動を落ち着かせるように深呼吸をする。

葵が専属執事になった頃、雛の中に恋心が芽生えるのにはそれほど時間は掛からなかった。

初めて出逢った時に見た彼の孤独な瞳も。
専属執事として使えることが決まった時のあの抑揚のない機械的な言葉も。

今ではあんな戯れ言を言うくらいには、信頼と絆で固く結ばれている。

本当の意味で彼が自分の執事になった時、手の甲に寄せられた唇の温かさが忘れられない。


使える執事への恋心。


彼が忠実であればある程に、叶うはずのない雛の恋。





  
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