▼ Episode.2
葵の手に持たれた避妊具を呆然と見つめ、雛は何も言えずにぱくぱくと口を開閉させた。
「…なんでこのようなものを、雛さまが持っているのでしょうか」
確認するように冷たい視線が避妊具を一瞥し、顔を真っ赤にしている雛へと戻る。
鋭い瞳に射抜かれ身動きできない雛は、小さな唇を震わせた。
「か、返して…」
「私の質問には答えてくださらないのですか」
「っ…も、貰ったの…、」
「…誰に、とは、聞かなくても分かりますが。これがなんなのか理解していますか?」
「〜〜っ、してるっ…から、お願いっ…、返して…っ」
ぎゅっと目を瞑って俯いた雛を暫く見つめていた葵は、短い溜め息と共に手にしていた避妊具を差し出した。
顔を伏せたまま差し出されたそれを受け取ろうと雛が手を伸ばした瞬間、葵にその手を掴まれ、びくっと躰が大きく震えた。
「葵…っ」
「…雛さまは、一体何をしに陽介様のお部屋に行かれたのですか?」
「な、なにって…」
抑揚のない葵の低い声に雛は不安気に瞳を揺らし、掴まれた手にじんわりと汗を滲ませた。
「お茶をしに行った」そう答えるだけだと言うのに、言葉が出てこない。
「…質問を変えましょうか。陽介様のお部屋で、何をしていたのですか?」
そう訊ねられた途端、陽介の部屋での出来事をすべて思い出し、雛の頬は瞬く間に熱をもった。
何を考えているのか分からない葵の瞳から逃げることもできず、ただ視線を合わせたまま泣きたい気分になった。
自分の中で咀嚼しきれていない行為のことを、いきなり想い人である葵に説明するなど不可能だ。
「私に言えないようなことでもしていたのでしょうか?」
「ち、ちがっ…、違う…、教えて…もらってた、だけ…」
「なにをですか」
追い打ちをかけるような質問に、雛は唇をきつく結んだ。
なぜ、葵は引いてくれないのだろうか。
雛のことなら何でも理解している彼が、この状況において彼女が話したくないという意思を持っていることなど気が付いているはずだ。
分かっていながらその先を促し、説明を求めている。
感情の読み取れない葵のポーカーフェイスを見つめ、雛は目尻に薄っすらと涙を浮かべた。
「葵が…っ、無知だって…言うから…っ、私の知らないこと、教えてもらってただけ…。あ、赤ちゃんは、コウノトリが運んでくるんじゃないって…、何も知らない無知な私に、教えてくれていただけなの…」
消え入りそうな声でなんとか言葉を絞り出すと、葵に掴まれていた手がふっと開放された。
汗の滲んだ手を慌てて胸元へと引っ込め、恐る恐る顔を上げて様子を窺う。
整った綺麗な顔に、美しい微笑が浮かんでいた。
「葵…」
「…なるほど。すべて私の責任だったということですね」
「え…、」
「とても後悔しています。こんなことならば、あの時私がきちんと説明しておくべきでした」
「葵…、違うの…葵は別に…何も悪くな…っ…」
言い切る前に伸びた葵の手が雛の髪に触れたかと思うと、結んであったゴムをするりと抜き取り、ふわふわの栗色の髪が無造作にほどかれる。
葵の放つ妖艶な雰囲気に吸い込まれるようにして近付いてきた瞳から視線を逸らせず、雛は背後のドアにぴたりと背中を付けた。
「…この乱れた髪も、あったはずの眼鏡がないのも、すべて“教えてもらった”名残ということですか」
「っ…、」
言われて初めて気が付いた。
陽介の手によって外された眼鏡を、彼の部屋に忘れてきたことを。
「ご、ごめんなさい…葵に貰った眼鏡なのに…」
「そんなことは、どうでもいいですよ」
冷たい声でそう囁かれると、強張っていた雛の躰は突如ふわりと宙へと浮いた。
「きゃっ…、葵っ…!」
「雛さま、陽介様に教えて頂いたこと、ぜひ私にも教えてください」
「な、なに言って…っ」
葵に抱きかかえられるままに部屋の奥へと運ばれ、困惑する雛を他所に弾力のあるベッドへと優しく下ろされた。
状況を理解できず躰を起こすより先に、ギシッとベッドを深く軋ませ、葵が雛の躰を膝を付いて跨いだ。
ドクドクと心臓が激しく鼓動し、見上げた先にスーツの上着のボタンを外しながら不敵な笑みを浮かべる葵の姿が瞳に映った。
「…さぁ、教えてください。一から十まで、雛さまが教えて頂いたことを、ひとつも漏らさず」
ばさっとベッドの下に落とされたスーツの音が、やけに雛の耳に大きく響いた。
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