Episode.3



ふかふかのベッドに躰を沈ませ、雛は自分の上に跨る人物を見つめて言葉を失った。
この体勢は、つい先程陽介から忠告を受けた時と同じものだ。
逃げることのできない、容赦ない圧迫感を感じる。
自分を見下ろしている人物が、絶対に逆らうことのない忠実な執事であるということに、驚きを隠せない。

「…教えて頂けないのでしょうか、雛さま」

「お…教えるって…、ないよ…葵に教えることなんて…」

感情の読み取れない漆黒の瞳に見つめられ、雛は唇を震わせた。
“あの”執事の葵が、主の上に跨るなんて有り得ない。
それでも、今現在確かに起こっている事実に頭が混乱する。

「雛さまと陽介様の間に何があったかなど、私には知る必要がないということでしょうか」

「そうじゃ、ないけど…」

「でしたら説明してください。陽介様は婚約者ではありますが、ここにいる雛さまのことはご存じない筈です。勝手に手を出されては困るんですよ」

「どうして…、葵が困るの…?」

「…愚問ですね」

薄っすらと口許に笑みを浮かべてそう呟きながら、葵は煩わしそうにネクタイを緩めると、首元のボタンを外した。
ひとつひとつの仕草が色気を含み、雛の心臓をどきどきと大きく高鳴らせる。

「大切にしてきたものを横から突然奪われれば、誰だって苛立つものではないですか」

キシっと緩やかにベッドを軋ませ雛の顔の横に片手を付くと、葵の冷たい指先が熱を持った頬へと触れた。
低い声で囁かれた言葉が鼓膜を揺らし、微細にしか感じ取れない彼の感情の動きを見逃さないよう、雛は目の前の切れ長な瞳を戸惑いながら見返した。

「葵…、怒ってるってこと…?私が…お父さんの娘で、お嬢様だから…、大切だと思ってくれるの…?」

普段感情を表に出さない葵が、ほんの僅かに見せた苛立ち。
それが執事としての責任感からくるものなのか、葵自身の感情によるものなのか、判断がつかない。

「…大切ですよ。お嬢様だからなどということではなく、雛さまだから…、大切なんですよ」

「それは…執事の言葉…?それとも…、葵自身の言葉…?」

雛の純粋な問い掛けに葵は考えるように瞼を伏せると、すぐに整った綺麗な顔にいつもと変わらない笑みを作り、彼女の小さな唇を親指でそっとなぞった。
その行為がこれ以上の質問を拒んでいるのだと察するのは、雛にとっては容易いことだった。
感情を覆い隠す見慣れた表情が、葵の心に立ち入ることを許してはくれない。
いつだって彼は、雛が求めている本心は語らない。

「おかしいですね、質問していたのは私の方だった筈なのですが」

「だ、だって…、葵に説明できることなんて、私…」

「なにをしていたのか話すことが、そんなに難しいことですか?雛さまが渋る程に、良からぬことを勘ぐってしまいますね」

冷ややかな瞳に射抜かれ、雛はその視線から逃げるように思わず顔を逸らした。
葵は本気だ。このまま話を有耶無耶にして解放してくれる程、甘くはない。
陽介の部屋で教えてもらったことをどう話せばいいのか考えを巡らせ、ひとつずつ思い出していく。

『密着どころか、繋がっちゃうんだけどな』

笑いを含んだ言葉と共に、陽介によって彼の下半身へ導かれた手の感触が蘇り、雛は躰を硬直させた。
ゆっくりと顔を葵の方に向け、視線だけが無意識に下へと動く。
陽介に誘導された時と同じように葵の躰の男の一部を想像し、今まで曖昧だった性の意識をはっきりと自覚した瞬間、雛の頬は一気に熱を持った。

「や、やっぱり無理っ…!あんなの、説明するなんて…っ、絶対無理っ…!私が知ったことなんて、どうせ葵はとっくに知ってることなんだから、教える必要なんてないでしょっ…!なんにも、責められるようなことしてないから…っ、もう許して…っ」

真っ赤に染まった顔を両手で隠しながらそう捲し立て、雛は羞恥と緊張から小さく呼吸を荒げた。
卑猥な想像をしてしまったことで、葵の顔をまともに見ることができない。
ぎゅっと瞳を閉じてこの状況から解放されることを願っていると、頭上からふっと息を漏らす笑いが耳に届き、ベッドに手を付いていた葵が躰を起こす気配を感じた。

「…なにか勘違いされているようですが、私が知りたいのは陽介様が雛さまに何をしたのかということであり、赤ん坊の作り方を教えて頂きたいわけではありません。そんなことは、雛さまに教えて頂かなくとも身をもって知っています」

思っていた以上に葵の低い声は冷淡に雛の上で響き、自分を見下ろすその声の人物を両手の隙間から慎重に窺った。
彼の纏う雰囲気が、先程より深い苛立ちを含んでいることに気付いて雛は息を呑む。

「あ…あお、い…あの…、」

「いいですよ。お話できないようですから、仕方ありません」

端正な美しい顔に不適な笑みを浮かべ、葵は驚きで言葉を失っている雛を静かに見下ろした。

「雛さまの躰に直接聞いてみることにいたしましょう。その方が、ずっと手っ取り早くすみそうです」





  
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