▼ Episode.1
レモンのように刺激的で
はちみつのようにとろりと甘い
はじめてのキスは、レモネードみたいに甘酸っぱいものだって
ずっと思っていたの。
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陽介の部屋から自室へと向かう廊下を歩いていた雛は、彼に教えてもらった性行為というものについて避妊具片手にぼんやりと考えを巡らせていた。
初めて知った“それ”は、少し想像するだけでも全身が真っ赤に染まりそうな程恥ずかしいというのに、何故か好奇心を擽った。
もっと知りたいと思う反面、知るのが怖いとも思う。
大好きな葵と触れ合うことができる行為なのだとしたら、してみるのも悪くないような…そんな気持ちになってしまう。
「…私、実はすっごくえっちなのかもしれない…」
ぼそりと小さく呟いて、頬が熱くなるのを感じた。
葵と裸で抱き合うなどと、とんでもない事を想像してしまった雛はぶんぶんと首を横に振った。
廊下を進みながら熱をもった頬を手で押さえ、俯いていた顔を上げると、自室の前に黒いスーツに身を包んだ長身の男が立っていることに気が付き、雛は足を止めた。
「葵…っ」
ほんの数秒前まで頭の中を支配していた人物が、目の前にいる。
雛が戻って来るのを待っていたであろう忠実な執事は、その姿を認めるなり相変わらずのポーカーフェイスで口を開いた。
「…遅かったですね、雛さま」
「葵…、なんでいるの…、部屋に戻っててって言ったじゃない」
「雛さまがお戻りになるのを確認しなくては、休むに休めません」
単調な声音でそう言う執事を見上げ、雛は慌てて周囲を見渡した。
「とにかく、誰かに見られたら大変…!早く中に入って」
持っていた鍵で自室のドアを開けると、雛は葵の背を押して室内に入るよう促した。
自らも部屋に入って閉まったドアに背中を預け、ほっと一息つく。
「もう。部屋に戻ったら連絡するって言ったでしょ。そんなに心配しなくても大丈夫なのに」
「…ここは西園寺ではないですから、そういう訳にはいきません」
「心配性なんだから…」
一切表情を変えない葵の様子に雛は小さく息を漏らすと、ふと彼の視線が自分の足元に向かったことに気が付いた。
「なに…?」と言葉を発して下を向くより先に、隙のない優雅な動きで葵が足元に落ちているものを拾い上げた。
「…なんですか、これは」
葵の手に持たれた薄い包みが目の前に曝され、雛の躰は硬直した。
つい先程まで自分の手の中にあった避妊具が、いつの間にかなくなっている。
一番見られたくない人物に見られてしまったことによる羞恥が、全身を駆け抜けた。
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