Episode.6



陽介と広い室内に二人きりになったことにより、雛は僅かに緊張して躰を固くした。
それもこれも葵が「良からぬ事」などと、訳の分からないことを言うからだ。
モンブランののったケーキプレートを手に、雛はちらりと自分の前で紅茶を啜る陽介の様子を窺った。

「…なんだよ、食べないのか?」

「え、あ…いえ、頂きます…!」

「そんなに緊張するなよ。別に捕って食ったりしないから」

「はい…、その、私…同い年の男の子とこうして二人きりでお茶をするのは初めてで…」

そう言って恥ずかしそうに頬を染める雛の姿に陽介は目を丸くすると、怪訝な顔で首を傾げた。

「彼氏とかいないのか?その見た目で」

「い、いません…、彼氏なんて…いたことないですから」

“その見た目”とはどういう意味だろうか。
どこか外見におかしな所があるのかと雛は不安になりながら、気まずそうに視線を伏せた。

「いたことないって…、驚きだな。周りの男がほっとかなそうなタイプなんだが…箱入り娘なのか?」

「えっと…女子校なので…」

「ああ…、そういうこと。まったくすれてないのは経験がないからか」

なんでもない事のように言いながら、陽介はカップを口許へと運んだ。
自分が西園寺のお嬢様であると知られてはいけないという事に内心ひやひやしつつ、雛は心を落ち着かせようとずっと手にしていたモンブランをフォークで掬い取って口に含んだ。
濃厚で滑らかなマロンペーストの甘みと旨みが口いっぱいに広がると、雛は堪らず目尻を下げた。

「すっごく美味しい…」

ほぅっと吐息を漏らしてそのまま二口目を口に運び、もぐもぐと幸せを噛み締める。
甘いものというのは、どうしてこうも幸福な気持ちにさせてくれるのか。

「うまそうに食うなぁ。幸せですって顔に書いてあるぞ」

口許に笑みを浮かべてそう言う陽介と目を合わせ、雛は頬を赤らめた。
先程までの緊張が嘘のように甘いもの効果で消えてしまったのだから、自分の図太さに恥ずかしくなるのも無理はない。
雛はモンブランをテーブルに置いて紅茶を飲むことで一息つくと、つい今しがたまでしていた陽介との会話を思い出す。
今なら気になっていた事を、聞けるかもしれない。

これは、逃してはならないチャンスなのだ。

「あの…、陽介様は、お付き合いされている方はいらっしゃるのですか?」

婚約の事を、どういう風に考えているのか聞いてみたい。
とは言え、婚約者がいることなど知っている筈がない自分が、いきなりそんなことを聞いては不自然だ。
そう思って口にした言葉は、自分が聞かれたことと同じものだった。

「今はいない。というか、高校に上がってからは特定の相手は作ってない」

「そうなんですか…」

「彼女はいないが、婚約者ならいるぞ」

思いがけずあっさりと陽介の口から「婚約者」という言葉が出てきた事に、雛は思わず息を呑んだ。





  
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