Episode.9



葵に手を引かれるままにベッドから立ち上がると、アンティーク調のティーテーブルを前に椅子に腰かける。
使用人の雛に用意されていた部屋は、ホテルの一室のように風呂、トイレ完備のすべてがこの部屋で完結できるそこそこ広い部屋だった。

西園寺での自分の部屋よりは当然狭いが、住み込みで働くには充分過ぎる部屋だった。
ベッドの寝心地も悪くない。

「ほら、葵も座って」

「ではお言葉に甘えて、失礼します」

自身でハンドドリップしたコーヒーを手に、葵は雛の前の椅子へと腰掛けた。
所作のすべてに隙がなく美しいのは流石と言ったところか。
目の前の葵の動きを目で追いながら、雛はほんのりと頬を赤らめた。

普段は雛の誘いに乗ることも少なく、座っている所など滅多に見かけないからか、こうして一緒に食後のティータイムを楽しめるのが嬉しくて仕方ない。

「ねぇ、葵のそれはコーヒーよね?」

「そうですよ」

「いつもそれ飲んでるけど、美味しいの?」

「美味しいから飲んでいるんですよ」

「私も葵と同じものを飲んでみたい」

「…ブラックですよ。お子様の雛さまには飲めないと思いますが」

「子供扱いしないで」

眉根を寄せてそう言う雛に笑みを返すと、葵は自身の手にしていたコーヒーカップを差し出した。

「では、私ので良ければ一口どうぞ。飲めるようでしたら新しく淹れて差し上げます」

「…いいの?ありがとう」

コーヒーカップを手に取り、湯気の揺蕩う黒々とした液体を見つめる。
深みのある独特な芳香が鼻へ抜け、ほうっと一息ついた。
コーヒーの匂いは嫌いじゃない。

…しかしこれは、間接キスになってしまうのではないだろうか。

ふと雛の脳裏にそんな疑問が浮かび、ちらりと視線だけを目の前に座る葵へと向けた。

「やめておきますか?」

「ううん、飲む」

気にしているのは自分だけだ。
そっとカップに口を付け、黒い液体をこくりと一口飲み込んだ。

「べぇっ、苦いっ…!」

たった一口で予想以上の苦みが口内に広がり雛は顔を顰めると、こちらを見ながらくくっと喉の奥で笑う葵を恨めし気に睨んだ。

「雛さまには早かったようですね」

「ぬぅ…、こんなに苦いのよく飲めるわね」

コーヒーカップの中で揺れる液体を苦々しい思いで覗き込み、雛は今だに顔を歪めたままソーサーごと葵にカップを返した。
関節キスだのとときめいていられたのは、ほんの一瞬だった。





  
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