式の前日-B


ぼーっとしながら座っている乃愛の長い髪を咲弥はドライヤーで丁寧に乾かし終えると、彼女の手を引いてベッドへと誘導する。

『乃愛、もう眠いんだろ。寝るまで一緒にいるから、おいで』

腰にタオルを巻いたほとんど裸の状態で咲弥はベッドの上に足を伸ばして座ると、乃愛を自身の方へと引き寄せる。

「ん〜…、まだ寝ない…咲ともっと一緒にいる」

乃愛はそう言って寝転び、座る咲弥の腰の当たりに甘えるように顔を寄せて抱き着いた。
そんな仕草が可愛くて愛おしい。

「ねぇ〜…咲?」

『何?』

「……これ、なぁに?」

咲弥の脇腹付近にある線のような痕をそっとなぞって、乃愛は不思議そうに首を傾げた。

『…ああ、昔親父に刺されたんだよ』

「刺された?なにで?」

『…ナイフで』

何でもないことのように咲弥はしれっとそう言うと、乃愛は目を丸くして瞬きを数回した。
傷跡に視線を送り、線にそって指を滑らせる。

「…痛い?」

『痛くないよ。随分昔のものだ』

乃愛は表情を窺うようにじっと咲弥を見つめると、傷跡へと唇を寄せた。
そうして傷跡にキスをしたあと徐に躰を起こし、咲弥の上に跨る。

『乃愛…』

「…咲は、私のもの。誰にも傷付けさせない」

力強く発せられた言葉に、咲弥は目を見張った。
悲しそうに眉根を下げる彼女の瞳は、凛として咲弥を捉えている。
咲弥の躰に刻まれた傷が、これひとつではないことをきちんと理解していた。

『…乃愛、せっかく今日はもう寝かせてあげようと思ったのに』

苦笑しながら乃愛の腰に手を回すと、彼女の額に自身の額をくっつける。

『嬉しいこと言うから、さっきの続き、したくなった』

「嬉しい?咲は私の言葉が嬉しいの?」

『…嬉しいよ。乃愛が俺のこと想ってくれてるんだから』

「…うん。咲のこと、すき。だいすき。ずっと一緒にいる」

真っ直ぐに向けられた純粋な想いに、咲弥は口許に笑みを浮かべた。


すきだと言われることは、こんなにも嬉しいものなのか。
彼女を守る為なら、なんでもできそうな気さえしてくる。


『…俺も、好きだよ。乃愛』


そう囁いて乃愛の唇にキスをした。


明日の朝は早いというのに当分寝れそうにないなと、彼女の腰を引き寄せながら咲弥はそんなことを思った。





END




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